・エンドウヒゲナガアブラムシ(Acyrthosiphon pisum)を用いた実験によって、体内に共生する細菌がホスト昆虫に及ぼす様々な影響が実証されつつある。
・ほぼすべてのアブラムシ種は体内に菌細胞という肥大化した細胞をもち、細胞質中にBuchneraという細菌を共生させている。Buchneraは、植物師管液のみを餌とするアブラムシに不足している必須アミノ酸を合成するなど、アブラムシの生存・繁殖に不可欠な存在である。(1)
・このBuchneraは卵巣で胚に感染することで垂直伝播するが、抗生物質によって共生細菌を殺してしまうと、アブラムシは一切子孫を増やすことができなくなった。(2)
・Buchneraに加えてアブラムシの体内から幾つかの任意共生細菌が見つかっており、それらがアブラムシの特性にもたらす効果も多様である。
・例えば、Serratiaと呼ばれる共生細菌を保有するアブラムシは高温耐性を獲得する。実際にカリフォルニアでは、夏に採集したアブラムシが比較的高い割合でこの細菌を保有している。(3)
・任意共生細菌Hamiltonellaは、寄生バチに産卵された個体の致死率を上げて寄生バチの成長・繁殖を妨げていることが確認された。(4)
・また、Regiellaはハエカビ目の真菌Pandora neoaphidisの繁殖能力を抑制する。アブラムシは単為生殖で増殖するので、寄生菌に侵食されたアブラムシの周りにはクローンがたくさん存在する。胞子形成量を減少させて、他のクローン個体への被害を抑制していると考えられている。(5)
・新規の共生細菌Rickettsiellaは、アブラムシの成長や繁殖にはほとんど影響を与えることなく、アブラムシの体色を赤色から緑色に変化させることがあきらかになった。(6)
・テントウムシは赤色のアブラムシを高頻度で捕食する一方、寄生バチは緑色のアブラムシに高頻度で産卵する。このように異なる捕食者が異なる色彩への選好性を示すことが分かっている。(7)
・つまりアブラムシの体色変化を通じて、この共生細菌(Rickettsiella)は生態系における捕食—被食関係に影響を及ぼしていることになる。
・こういった知見の蓄積によって、農業害虫として重要なアブラムシの繁殖を共生細菌を通じてコントロールできる可能性が指摘されており、さらなる研究が望まれている。
(1)Douglas AE (1998) Nutritional interactions in insect-microbial symbioses: aphids and their symbiotic bacteria Buchnera. Annu Rev Entomol. 43: 17-37.
(2)Douglas AE (1992) Requirement of pea aphids (Acyrthosiphon pisum) for their symbiotic bacteria. Entomol. Exp. Appl. 65: 195-198
(3)Clytia B. Montllor, Amy Maxmen and Alexander H. Purcell (2002) Facultative bacterial endosymbionts benefit pea aphids Acyrthosiphon pisum under heat stress. Ecological Entomology 27, 189-195
(4) Kerry M. Oliver, Jacob A. Russell, Nancy A. Moran, and Martha S. Hunter (2003) Facultative bacterial symbionts in aphids confer resistance to parasitic wasps. PNAS vol.100 no.4 1803-1807
(5) Claire L. Scarborough, Julia Ferrari, H. C. J. Godfray (2005) Aphid Protected from Pathogen by Endosymbiont. Science vol.310 1781
(6) Tsutomu Tsuchida, Ryuichi Koga, Mitsuyo Horikawa, Tetsuto Tsunoda, Takashi Maoka, Shogo Matsumoto, Jean-Christophe Simon, Takema Fukatsu (2010) Symbiotic Bacterium Modifies Aphid Body Color. Science vol.330 1102-1104
(7) John E. Losey, Anthony R. Ives, Jason Harmon, Ford Ballantyne & Carrie Brown (1997) A polymorphism maintained by opposite patterns of parasitism and predation. Nature vol.388 269-272