生体内にはストレスによって壊れたタンパク質を修復する分子シャペロンというタンパク質が存在する。ヒートショックプロテイン(Hsp)ファミリーもそのひとつであり、熱ストレスにより発現が誘導されるものとして発見された。Hspファミリーはこれまで調べられた全ての生物においてその存在が確認されている(1)。
Hspファミリーは古くから研究が進められており、Hsp90はタンパク質の修復や安定化(2)だけではなく、進化的キャパシターとしての役割も持つことが知られている。
キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)において、Hsp83(D. melanogasterにおけるHsp90遺伝子)の発現を抑えたところ通常は殆ど見られない形態異常を示す個体が多数観察された(3)。
Hsp90は恒常的に発現しており、通常の条件下では変異に対して緩衝材としてはたらく。よって、通常の条件下では表現型を示さない潜在的な変異、Cryptic Genetic Variation(CGV)の蓄積を可能にする。しかし特定の条件下でHsp90が緩衝材としての機能を失うと、CGVが顕現するのである。
異常な表現型の個体同士を掛け合わせる選択を数世代にわたっておこなった(3)ところ、10世代以上掛け合わせた後も形態異常に多様性が認められたことからCGVは量的形質であることがわかった。また6、7世代目以降ではHsp83の機能が正常な条件下でも形態異常が確認された。このことから、一定数以上のCGVが蓄積するとHsp90の緩衝作用では変異が抑えられず表現型として示されることがわかった。
つまり、Hsp90の緩衝作用が抑えられることによりCGVが顕現し、その状態で選択圧がかかることでCGVはHsp90と独立した表現型となるのである。
同様の現象がシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)(4)やゼブラフィッシュ(Danio rerio)(5)などでも観察され、生物に広く共通であることがわかった。
ダーウィンの自然選択説だけでは、複数の変異が蓄積し同時に発現することで初めて適応的となる跳躍進化は説明がつかない。Hsp90が進化的キャパシターとしてCGVを蓄積し、特定の条件下で放出することで跳躍進化を可能にするのである。
実際、メキシカンテトラ(Astyanax mexicanus)において野外環境でのHsp90の阻害による進化が確認されている(6)。
A. mexicanusは水面近くにも洞窟にも生育する魚であるが、洞窟に生育するものは眼が退化している。洞窟内ではHsp90の緩衝作用が失われており、A. mexicanusは水面近くから洞窟に生育環境を移した際にCGVが顕現し眼の退化が起こったと考えられる。
一方、TakahashiらはD. melanogasterにおいてHsp90以外のHspでも同様のことが起こるか検証した(7, 8)。結果、どのHspを阻害したときも大きな形態異常は見られなかった。つまり、Hspの中でもHsp90は特別なのである。
Hsp90は作用の対象がステロイドホルモンやキナーゼといった発生制御などに直接関わるタンパク質であり、これらのタンパク質に蓄積されるCGVは形態が大きく変化する変異になりうる。そのことが、他のHspと比べてHsp90の進化的キャパシターとしての重要性を高めているのではないだろうか。
References
1. Lindquist S & Craig EA (1988) THE HEAT-SHOCK PROTEINS. Annual Review of Genetics 22:631-677.
2. Chadli A, et al. (2000) Dimerization and N-terminal domain proximity underlie the function of the molecular chaperone heat shock protein 90. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 97(23):12524-12529.
3. Rutherford SL & Lindquist S (1998) Hsp90 as a capacitor for morphological evolution. Nature 396(6709):336-342.
4. Queitsch C, Sangster TA, & Lindquist S (2002) Hsp90 as a capacitor of phenotypic variation. Nature 417(6889):618-624.
5. Yeyati PL, Bancewicz RM, Maule J, & van Heyningen V (2007) Hsp90 selectively modulates phenotype in vertebrate development. Plos Genetics 3(3):431-447.
6. Rohner N, et al. (2013) Cryptic Variation in Morphological Evolution: HSP90 as a Capacitor for Loss of Eyes in Cavefish. Science 342(6164):1372-1375.
7. Takahashi KH, Rako L, Takano-Shimizu T, Hoffmann AA, & Lee SF (2010) Effects of small Hsp genes on developmental stability and microenvironmental canalization. Bmc Evolutionary Biology 10.
8. Takahashi KH, Daborn PJ, Hoffmann AA, & Takano-Shimizu T (2011) Environmental Stress-Dependent Effects of Deletions Encompassing Hsp70Ba on Canalization and Quantitative Trait Asymmetry in Drosophila melanogaster. Plos One 6(4).