コオロギの求愛努力の個体差とその適応的意義 修士1年 瀬戸口栞

コオロギの求愛努力の個体差とその適応的意義 修士1年 瀬戸口栞

コオロギの雄の奏でるcalling songは、離れた場所にいる雌を誘引する効果があると考えられている。雄がcalling songに費やした時間をcalling effortといい、calling effortの大きい雄ほど雌に好まれることがわかっている(1)。一方でcalling effortは個体間で大きなばらつきが存在し、ある種では成虫期間の50%以上の時間をcalling songに費やす雄もいれば、calling effortが5%に満たないものもいる(2)。Calling effortが大きい方が雌と交尾できる確率が上がるのに、なぜすべての雄がcalling songにもっと多くの時間を費やさないのだろうか。いくつかの研究からcalling effortはさまざまな要因によって変化することがわかってきた。

Calling songの生成には大きなエネルギーが必要であると考えられる。体サイズが大きく栄養状態や代謝能力に優れた個体はcalling effortが有意に上昇していることが確かめられた(1-5)。この結果からcalling effortにコストを費やす余裕のある個体は限られていることが示唆された。

このような大きなコストのために、calling effort以外の方法で雌にアプローチする戦略も存在する。コオロギの雄は雌を呼び寄せるcalling songの他に、交尾を受け入れてもらうためのcourtship songを接近した雌に対して奏でる。やせ型の雄が奏でるcourtship songには、雌にとって魅力的な成分が中間体型の雄のものよりも多く含まれていた(6)。すなわちエネルギーを費やす余裕のない個体は、量よりも質の高い求愛を行うことで適応度の上昇を図っていると考えられる。

同種他個体や他の生物の影響によりcalling effortが変化する場合もある。例えば、ライバルとなる他の雄がいると、より長い時間をcalling songに費やす(7)。このことは自らを雌にアピールしようという雄間の競争がcalling effortを上昇させていることを示唆している。また一方では、雄間の競争があるにも関わらずcalling effortの減少が見られる場合もある。Calling songを聞きつける寄生者のいる環境では、calling songを奏でる雄ほど寄生を受ける可能性が高まる。このような条件下では、自分でcalling songを奏でることなく他の雄のcalling songを利用して雌を横取りするようなサテライト戦略が発達する(8)。

これらの事例が示すようにcalling effortは、どれだけのエネルギーを投資できるかという個体内の要因や、ライバル雄や寄生者の存在といった外的要因によって影響を受ける。つまり、さまざまな要因間の相互作用により最適な戦略は変化するため、calling effortの大きい雄だけが常に有利になるわけではない。雌を惹きつけるという点から見れば適応的だと思われる行動であっても、それだけが最適な戦略であるとは限らないのである。

References

1. Hunt, J., Brooks, R., Jennions, M. D., Smith, M. J., Bentsen, C. L., & Bussiere, L. F. (2004). High-quality male field crickets invest heavily in sexual display but die young. Nature, 432(7020), 1024-1027.

2. Bertram,S. M.(2000). The influence of age and size on temporal mate signalling behavior. Animal Behaviour, 60(3), 333-339.

3. Judge, K. A., Ting, J. J., & Gwynne, D. T. (2008). Condition dependence of male life span and calling effort in a field cricket. Evolution, 62(4), 868-878.

4. Bertram, S. M., Whattam, E. M., Visanuvimol, L., Bennett, R., & Lauzon, C. (2009). Phosphorus availability influences cricket mate attraction displays. Animal Behaviour, 77(2), 525-530.

5. Bertram, S. M., Thomson, I. R., Auguste, B., Dawson, J. W., & Darveau, C. -. (2011). Variation in cricket acoustic mate attraction signalling explained by body morphology and metabolic differences. Animal Behaviour, 82(6), 1255-1261.

6. Harrison, S. J., Thomson, I. R., Grant, C. M., & Bertram, S. M. (2013). Calling, Courtship, and Condition in the Fall Field Cricket, Gryllus pennsylvanicus. Plos ONE, 8(3), 1-9.

7. Callander, S., Kahn, A. T., Hunt, J., Backwell, P. R. Y., & Jennions, M. D. (2013). The effect of competitors on calling effort and life span in male field crickets. Behavioral Ecology, 24(5), 1251-1259.

8. Zuk, M., Rotenberry, J. T., & Tinghitella, R. M. (2006). Silent night: Adaptive disappearance of a sexual signal in a parasitized population of field crickets. Biology Letters, 2(4), 521-524.