カテプシンLはプロテイナーゼの一種で、リソソーム酵素として細胞内でタンパク質分解に働くことが広く知られている。ところが、センチニクバエSarcophaga peregrinaの胚由来細胞の培養系において、細胞外へ分泌されるプロカテプシンLが発見された。キイロショウジョウバエDrosophila melanogasterでは分泌型プロテイナーゼが成虫原基の分化に関与することが知られていたため、S. peregrinaのプロカテプシンLと成虫原基の分化との関係が調べられた。
プロカテプシンLに対する抗体を作成し、in vitro系で抗体と共に成虫原基を培養すると、成虫原基の分化が阻害された。また、プロカテプシンLは一定条件下で培養するとカテプシンLに代謝されるが、成虫原基に対する活性はどちらも同等であった。これらのことから、プロカテプシンLもしくはカテプシンLが成虫原基の分化に必須であることが示唆された(1)。
ではカテプシンLはプロテイナーゼとして成虫原基の何を分解しているのだろうか?まず、成虫原基の磨砕液に精製したカテプシンLを反応させたところ、分子量が210kDaと200kDaのタンパク質(それぞれ210p、200pと呼ぶ)が分解されることが分かった。
これら2つの標的タンパク質に対し抗体を作成しウェスタンブロットを行ったところ、210p、200p共に成虫原基の分化が進むにつれ分解されることが確認された。免疫染色法により210p、200pは分化前の成虫原基を取り囲んでいる基底膜に局在することが分かった。この基底膜は成虫原基の分化に伴って消失することが知られている。よって、カテプシンLは成虫原基の基底膜に局在する210p、200pを分解することでその消失を促進していることが示唆された(2)。
カテプシンLが他の組織のリモデリングにも関与しているのかを調査した結果、幼虫脳の基底膜にも210pと200pはカテプシンLの基質として存在し、変態時に分解されることが示された。このことから、成虫原基の分化と同様に脳のリモデリングにおいてもカテプシンLが重要な役割を果たしていることが示唆された(3)。
カテプシンLの昆虫組織に対する分解活性に注目して、生物農薬としての利用が試みられている。バキュロウイルスは昆虫や甲殻類を宿主とするウイルスで、宿主範囲が狭く生物農薬として利用されている。このバキュロウイルスにカテプシンLを組み込むことで組織基底膜を破壊すれば、昆虫体内でのウイルス拡散を促進できるのではないかとのアイデアに基づいた研究が行われた。
in vivoでの効果を観察するためニセアメリカタバコガHeliothis virescensに感染させると、カテプシンLの組み換え株(ScathL)に感染した個体の方が早期に死亡する傾向が見られ、摂食量も低下した。ScathL感染個体の内部組織には異常なメラニン化や断片化が見られた(4)。カテプシンL活性の組織特異性を推定するため光学顕微鏡、TEM、SEMで観察した結果、中腸、脂肪体、筋繊維といった幅広い組織に損傷が見られた(5)。
これらScathLに見られた差異は、カテプシンLによるウイルス拡散促進の結果なのか、はたまたカテプシンLそのものによるダメージなのか?組み換え酵母の強制発現系から精製したカテプシンLをシロスジヨトウLacanobia oleraceraに注射したところ、濃度依存的に生存率が下がり、体重も減少した(6)。よってカテプシンLはバキュロウイルスを介さない経路で投与された場合でも、酵素単体で殺虫剤としてのポテンシャルを持つことが示された。
さらに、S. peregrina、H. virescensやL. oleraceraとは目が異なるエンドウヒゲナガアブラムシAcrythosiphon pisumに精製したカテプシンLを注射した場合にも腸や脂肪体の溶解が見られたことから、カテプシンLは幅広い昆虫種に対して殺虫効果を持つ可能性が示された(7)。今後、バキュロウイルスや組み換え植物を利用するなど昆虫種に合わせた個体への輸送方法を応用することで、標的を限定したカテプシンLの殺虫剤利用が期待される。
引用文献
1. Purification, characterization, and cDNA cloning of procathepsin L from the culture medium of NIH-Sape-4, an embryonic cell line of Sarcophaga peregrina (flesh fly), and its involvement in the differentiation of imaginal discs.
K Homma, S Kurata, S Natori. Journal of Biological Chemistry, 1994, 15258-15264.
2. Identification of substrate proteins for cathepsin L that are selectively hydrolyzed during the differentiation of imaginal discs of Sarcophaga peregrina.
K Homma, S Natori. European Journal of Biochemistry, 1996, 443-447.
3. Hydrolysis and synthesis of substrate proteins for cathepsin L in the brain basement membranes of Sarcophaga during metamorphosis.
I Fujii-Taira, Y Tanaka, KJ Homma, S Natori. Journal of Biochemistry, 2000, 539-542.
4. Use of proteases to improve the insecticidal activity of baculoviruses.
RL Harrison, BC Bonning. Biological control, 2001, 199-209.
5. Characterisation of functional and insecticidal properties of a recombinant cathepsin L-like proteinase from flesh fly (Sarcophaga peregrina), which plays a role in differentiation of imaginal disc.
J Philip, E Fitches, RL Harrison, B Bonning, JA Gatehouse. Insect biochemistry and molecular biology, 2007, 589-600.
6. Tissue specificity of a baculovirus-expressed, basement membrane-degrading protease in larvae of Heliothis virescens.
H Tang, H Li, SM Lei, RL Harrison, BC Bonning. Tissue and Cell, 2007, 431-443.
7. Insecticidal activity of a basement membrane-degrading protease against Heliothis virescens(Fabricius) and Acyrthosiphon pisum(Harris).
H Li, H Tang, S Sivakumar, J Philip, RL Harrison, JA Gatehouse, BC Bonning. Journal of insect physiology, 2008, 777-789.