節足動物に広く感染している細胞内共生細菌Wolbachiaは自身の増
殖を有利にするために、しばしば宿主の生殖を利己的に操作する
(1)。その操作の様式として、細胞質不和合性(Cytoplasmic
Incompatibility, CI)、遺伝的オスのメス化(Feminization)、単為
生殖の誘導(Parthenogenesis Induction, PI)、オス殺し(male-
killing)が知られている(2,3,4,5)。異なる宿主に共生するWolbachia
について、宿主間、Wolbachia間の遺伝的距離を調べたところ、宿主
の遺伝的距離とWolbachiaの遺伝的距離との間に相関は認められな
かった(6)。これは、Wolbachiaが宿主と共に種分化するほど長く
同じ宿主に留まっていないことを示唆している(7)。しかしながら
、CIを引き起こすWolbachiaに感染した種においてWolbachiaが完
全に消失することは難しいと考えられてきた。なぜなら、非感染
メスがなんらかの原因で一時的に増加したとしても、非感染メス
は感染オスと交尾すると子孫を残せないことから適応度が低く、
減少に転じることが予想されるためである。ではどのようなメカ
ニズムでWolbachiaは宿主個体群から消失するのであろうか?
CIを起こすWolbachiaに感染したオスの精子はWolbachiaによって修
飾されている。そのため、非感染のメスの卵細胞とは接合できない。
一方、感染メスの卵細胞は修飾された精子と接合できるように
Wolbachiaによって操作されている(3)。Koehnckeら(2009)は宿主
個体群からWolbachiaが消失するメカニズムを探るために数理モデル
を用いて(a) CIを促進または抑制する変異と(b) Wolbachiaの垂直伝
染率を変化させる変異について検討した。その結果、(a)のCIを抑制
するオス特異的な変異(Wolbachiaによる精子の修飾を抑制する)はメ
ス特異的な変異(非感染メス由来の卵でも感染オス由来の精子と接合
できる)に比べて個体群内で広がり易く、Wolbachiaの感染率を低下
させることが示された。また、(b)のWolbachiaの伝染率を増加させ
るメス特異的な変異は様々な条件下で適応度が高いことが明らかに
なった。この2つの変異(aとb)は拮抗的に作用するが、オス特異的な
CIを抑制する変異が何度も現れることによって、たとえその遺伝子
の発現率が低いとしてもWolbachiaを消失させ得るというシミュレー
ション結果となった(8)。
以上、Wolbachiaとその宿主の遺伝的な距離が一致しないのは
Wolbachiaが宿主から消失したり水平感染したりしてきたためで
あると考えられるが、Wolbachiaが消失するメカニズムの一つと
して、CIを抑制するオス特異的な変異の出現の関与が提示された。
(1)Werren JH, Windsor DM (2000) Wolbachia infection
frequencies in insects: evidence of a global equilibrium?
Proc R Soc London, Ser B 267: 1277–1285.
(2)Laven H (1967) Eradication of Culex pipiens fatigans
through Cytoplasmic Incompatibility. Nature 216: 383–384.
(3) Werren JH (1997) Biology of Wolbachia. Annu Rev Entomol
42: 587–609.
(4) Stouthamer R, Breeuwer JAJ, Hurst GDD (1999) Wolbachia
pipientis: Microbial Manipulator of Arthropod Reproduction.
Annu Rev Microbiol 53: 71–102.
(5) Werren JH, Baldo L, Clark ME (2008) Wolbachia: Master
Manipulators of Invertebrate Biology. Nat Rev Microbiol
6: 741–751.
(6)Werren JH, Zhang W, Guo LR (1995) Evolution and Phylogeny
of Wolbachia: Reproductive Parasites of Arthropods. Proc R
Soc London, Ser B 261: 55–63.
(7) Baldo L, Bordenstein S, Wernegreen JJ, Werren JH (2006)
Widespread Recombination throughWolbachia Genomes. Mol Biol
Evol 23: 437–449.
(8) Koehncke A, Telschow A, Werren JH, Hammerstein P (2009)
Life and Death of an Influential Passenger: Wolbachia and the
Evolution of CI-Modifiers by Their Hosts. PLoS ONE, 4(2):e4425.