同種他個体の存在が昆虫の産卵数に与える影響 修士2年 越川智瑛

同種他個体の存在が昆虫の産卵数に与える影響 修士2年 越川智瑛

昆虫にとって産卵は重要なイベントであり、同種他個体の存在は産卵数に影響をおよぼす要因の1つである。
同種他個体の存在によって産卵数が増加する例は、処女メスに関するものが古くから知られている。
アメリカタバコガHelicoverpa zeaでは、2匹以上(2匹、5匹、10匹)の処女メスに同じケージ内で産卵させると、個別に産卵させたときの約3.5倍にまで産卵数が増加した(1)。
ショウジョウバエ属のDrosophila mercatorumでは、通常系統と単為生殖系統について、同種他個体の存在が産卵数に与える影響を比較した実験が報告されている(2)。通常系統では処女メスをオスと一緒に飼育すると、メス1匹あたりの産卵数が、メスを個別で飼育したときの13倍、ペアで飼育したときの6倍に増加した。Y染色体の欠失で遺伝的不妊となったオスを用いても同様の増加は見られたため、受精の有無とは関係がないと考えられた。一方、単為生殖系統の処女メスでは、個別およびペアで飼育したときの産卵数が通常系統よりもはるかに多くなるため、オスと一緒に飼育したときに産卵数がさらに増加することは無かった。
リンゴミバエRhagoletis pomonellaの処女メスは、1匹ずつ個別に産卵させるよりも、5匹のグループで産卵させたほうがメス1匹あたりの産卵数が多くなった(3)。産卵数の増加は、産卵前の期間に個別飼育・グループ飼育のどちらであったかとは無関係で、産卵させる期間における同種他個体の存在のみが有効であった。一方、ショウジョウバエ属のD. grimshawiという異種他個体を用いても産卵数に変化は無かった。また、既交尾メスでは、処女メスと同様な産卵数の増加が見られなかった。
同種他個体の存在と既交尾メスの産卵の関係についての研究もいくつか存在する。
キイロショウジョウバエD. melanogasterとオナジショウジョウバエD. simulansでは、個別で産卵させるよりも40匹のグループで産卵させたほうが、メス1匹あたりの産卵数が増加した(4)。飼育容器は大きい(190.5リットル)よりも小さい(12.2リットル)ほうが、産卵数が多くなった。容器内のメスの密度が高くなると、産卵数の増加が見られるという、同種他個体の存在が既交尾メスの産卵を促進する例である。
ミバエ類の仲間であるAnastrepha ludensでは、メスを2匹および4匹のグループで飼育すると、個別飼育したときに比べて卵母細胞の増加が起こった(5)。しかしながら、メスの密度が産卵行動に与える影響を調べると、8匹のグループで産卵させたとき、産卵場所を訪れる回数と産卵を試みる回数はメス1匹あたりで多くなったが、実際に産卵した回数には有意差が見られなかった(6)。この例では、同種他個体の存在により卵母細胞は増加しても、産卵は促進されていない。
以上に紹介した研究は、メスの空間内密度の違いを同種他個体の存在として扱ったものである。最後に、産卵場所における同種他個体の存在や姿勢が産卵数に与える影響について調べた論文を紹介する。
カワトンボの仲間であるArgia moestaのメスは、オスと連結したままの状態で、渓流に浮かんでいる落葉などに産卵する。カワトンボの雌雄に似せた模型を作製し、産卵場所としてプラタナスの葉を用いて、2つの産卵比較実験を野外で行った(7)。1つめの比較では、カワトンボの産卵時のように雌雄を連結させた模型を片方の葉に置き、もう片方の葉には何も置かなかた。2つめの比較では、片方の葉には連結模型を置き、もう片方の葉には分離させた雌雄の模型を置いた。その結果、両方の比較において、連結模型を置いた方の葉が産卵場所として好まれ、カワトンボのペアが訪れる回数、滞在時間、産卵数のいずれも有意に多くなった。トンボ類では、産卵場所の選択において視覚が重要な役割を果たしていると考えられており、Argia moestaでは、産卵場所における同種他個体の有無だけでなく、その姿勢も判別されているということが示唆された。

引用文献
1. Abernathy, R.L., Teal, P.E.A., and Tumlinson, J.H. (1994). Age and crowding affects the amount of sex-pheromone and the oviposition rates of virgin and mated females of Helicoverpa zea (Lepidoptera, Noctuidae). Annals of the Entomological Society of America 87, 350-354.
2. Crews, D., Teramoto, L.T., and Carson, H.L. (1985). Behavioral facilitation of reproduction in sexual and parthenogenetic Drosphila. Science 227, 77-78.
3. Prokopy, R.J., and Bush, G.L. (1973). Oviposition by grouped and isolated apple maggot flies. Annals of the Entomological Society of America 66, 1197-1200.
4. Chess, K.F., Ringo, J.M., and Dowse, H.B. (1990). Oviposition by two species of Drosophila (Diptera: Drosophilidae): Behavioral Responses to resouece distribution and competition. Annals of the Entomological Society of America 83, 717-724.
5. Aluja, A., Diaz-Fleischer, F., Papaj, D.R., Lagunes, G., and Sivinski, J. (2001). Effects of age, diet, female density, and the host resource on egg load in Anastrepha ludens and Anastrepha obliqua (Diptera : Tephritidae). Journal of Insect Physiology 47, 975-988.
6. Diaz-Fleischer, F., and Aluja, M. (2003). Influence of conspecific presence, experience, and host quality on oviposition behavior and clutch size determination in Anastrepha ludens (Diptera : Tephritidae). Journal of Insect Behavior 16, 537-554.
7. Byers, C.J., and Eason, P.K. (2009). Conspecifics and Their Posture Influence Site Choice and Oviposition in the Damselfly Argia moesta. Ethology 115, 721-730.