寄生バエはコオロギのさえずりを退化させる D2 小島 渉

寄生バエはコオロギのさえずりを退化させる D2 小島 渉

オスの装飾形質は、メスの選り好みを通して進化してきたと考えられている。より目立つ装飾をもつオスほど、メスに選ばれやすく、多くの子供を残すことができるだろう。一方、そのようなオスは、メスだけでなく、捕食者や寄生者を誘引し、生存において不利となるかもしれない。つまり、ある個体群における装飾形質の派手さや頻度は、自然選択と性選択のバランスによって決定されると考えられる(1)。
コオロギTeleogryllus oceanicus のオスは、夜間にさえずり、メスを誘引する。このコオロギはオーストラリア原産だが、ハワイ諸島の一部に人為分布している。本種には、ヤドリバエOrmia ochracea という捕食寄生者が存在する。この寄生バエは夜行性であり、さえずりをたよりにして、宿主であるコオロギを探索する。この寄生バエは北米原産であるが、移入種としてハワイ諸島の一部に分布している。両者の分布が重なる島では、寄生バエによって、コオロギの性的形質に、急速な進化がひきおこされている(2-8)。
寄生バエの密度の高いカウアイ島では、20世代(約5年間)もの短い期間に、90%以上のオスが、さえずる能力を失った(2)。これらの鳴かないオスでは、音を出すための翅のやすり状構造が失われていた(flatwing male: 2)。この島でオスのさえずりを再生すると、多くのオスがスピーカーに誘引された(2)。flatwing maleは、わずかに存在する、鳴いているオスにしのび寄り、鳴いているオスに誘引されたメスと交尾すると考えられる(サテライト行動:2)。
なぜ、カウアイ島のflatwing maleは、これほどの速さで頻度を高めることができたのだろうか。まず、この形質が1つの伴性遺伝子座上の遺伝子のみに支配されているということがあげられる(3)。また、オスのサテライト行動は、原産地の個体群(鳴くオス)においてもみられたことから、カウアイ島でもflatwing maleが現れる前から存在したと考えられる(4)。flatwing maleはサテライト行動をとることで、みずからの遺伝子を残すことができたのだろう(4)。さらに、幼虫期に経験する音環境も、オスの行動に影響を及ぼす(5)。オスを、他個体のさえずりを聞かせずに育てると(カウアイ島を模した環境下)、サテライト行動をより高頻度でおこなうことがわかった(5)。このような可塑性も、カウアイ島において、flatwing maleを有利にする可能性がある(5)。
flatwing maleは、メスの選り好みという点では不利にならないのだろうか。原産地のメスは、あまりflatwing maleを好まなかった(6)。一方、カウアイ島のコオロギのメスは、より高い確率でflatwing maleの交尾を受け入れることがわかった(6)。興味深いことに、寄生バエの分布しない別の島のメスも、カウアイ島のものと同様に、flatwing maleを高い確率で受け入れた。離島に移入された個体群は、強いボトルネックを受けたことが知られている(7)。移入された初期段階の小さな個体群中では、選り好みの激しいメスは不利になり、それによりメスの選り好みが緩和されたのかもしれない(6)。また、メスの選り好みは、オスの行動と同様、幼虫期に経験する音環境によっても影響を受ける(8)。オスのさえずりを聞かずに育ったメスは、flatwing maleと比較的高頻度で交尾をおこなうようになった(8)。このようなメスの性質により、カウアイ島において、flatwing maleは、ある程度交尾を成功させることができたのだろう。
以上のように、天敵による選択圧に加え、遺伝的な背景や行動の可塑性といったいくつかの要因が合わさることで、カウアイ島においてflatwing maleの遺伝子頻度が急速に上昇したと考えられる。

(1) Kotiaho J.S. (2001) Costs of sexual traits: a mismatch between theoretical considerations and empirical evidence. Biological Reviews 76: 365-376.
(2) Zuk, M., Rotenberry, J.T., and Tinghitella, R.M. (2006). Silent night: Adaptive disappearance of a sexual signal in a parasitized population of field crickets. Biology Letters 2: 521-524.
(3) Tinghitella, R.M. (2008). Rapid evolutionary change in a sexual signal: genetic control of the mutation ‘flatwing’ that renders male field crickets (Teleogryllus oceanicus) mute. Heredity100: 261-267.
(4) Bailey, N.W., McNabb, J.R. and Zuk, M. (2008). Pre-existing behavior facilitated the loss of a sexual signal in the field cricket Teleogryllus oceanicus. Behavioral Ecology 19: 202-207.
(5) Bailey N.W., Gray B., Zuk M. (2010). Acoustic experience shapes alternative mating tactics and reproductive investment in field crickets. Current Biology 20:845-849.
(6) Tinghitella R.M., Zuk M .(2009). Asymmetric mating preferences accommodated the rapid evolutionary loss of a sexual signal. Evolution 63: 2087-2098.
(7) Tinghitella, R. M., Zuk, M., Beveridge, M., and Simmons, L. W. (2011). Island hopping introduces Polynesian field crickets to novel environments, genetic bottlenecks and rapid evolution. Journal of Evolutionary Biology 24: 1199-1211.
(8) Bailey, N.W. and Zuk, M. (2008). Acoustic experience shapes female mate choice in field crickets. Proceedings of the Royal Society of London, B. 275: 2645-2650.