昆虫の共生細菌には、自らの感染の拡大のために宿主の生殖を操作するものが存在しており、その生殖操作には細胞質不和合、遺伝的オスのメス化、産雌単為生殖、オス殺し(male-killing)の4種があることが知られている[1]。このうち細胞質不和合、遺伝的オスのメス化、産雌単為生殖については、これらの生殖操作によって共生細菌に感染したメスが非感染のメスに比べ子孫をより多く残そうとする上で明確なアドバンテージを持つといえるが、オス殺しに関してはこれらと同様なアドバンテージがあるとは必ずしも言えない[2]。今回のセミナーではオス殺しがどのように共生細菌の感染拡大に寄与しているかについてのいくつかの研究を紹介する。
オス殺しを行う共生細菌は非常に多くの昆虫種で報告されているが[3]、オス殺しが共生細菌の感染拡大に寄与する仕組みとしては(1)オスの死骸による水平感染による感染拡大(2)感染メスの近親交配の回避(3)オスが死んだことによる感染メスへの資源の再分配と競争の回避、の3通りがあると考えられる[4]。このうち、(3)によって感染メスが非感染メスに比べて生存が有利になっていると考えられる例がいくつか報告されている。
死んだオス自体を餌として利用し、これによって感染メスが有利になっていると考えられる例は数多く知られているが[4]、そのモデルケースとして知られているのが幼虫がアブラムシを主食とするテントウムシの例である。オス殺しにより感染メスにおける孵化直後の共食いの危険性が軽減され、かつ死んだオスを餌とすることで感染メスの適応が上がっているものと考えられている[5]。オス殺しが非常にダイレクトに姉妹メスを利する例として、ニセサソリにおけるwolbachiaによるオス殺しが原因の性比異常系統の例が報告されている[6]。ニセサソリは胎生であり、オスが母親の胎内で死ぬことで、オスの消費するはずだった養分の姉妹メスへの再分配がダイレクトに行われ、感染メスの生存を有利にしていると考えられている。またキイロショウジョウバエD.melanogasterではwolbachiaによるmale-killing系統が報告されているが、野外で採集したD.melanogasterのwolbachia感染・非感染個体について体長や産卵数を調べたところ、感染個体は非感染個体に比べてメスの子供の数が有意に多いことが分かった[7]。実験室における飼育では感染個体と非感染個体の間にこのような差はみられないため[8]、野外ではオス殺しの何らかの影響によって感染メスの繁殖力が上がっているものと考えられた。
このように、オス殺しによる兄弟間の競争の回避や資源の再分配によって感染メスの適応が向上し、共生細菌の感染拡大につながっていることを示唆する例はいくつか報告されているが、一方でオス殺しが共生細菌の感染の維持にどのように寄与しているかが不明な場合も数多く報告されており、今後の研究が待たれる。
References
[1] Bandi C, Dunn AM, Hurst GD, Rigaud T. (2001) Inherited microorganisms, sex-specific virulence and reproductive parasitism. Trends Parasitol. Feb;17(2):88-94.
[2] Charlat S, Hurst GD, Merccedilot H. (2003) Evolutionary consequences of Wolbachia infections. Trends Genet. Apr;19(4):217-23.
[3] Hurst GD, Jiggins FM. (2000) Male-killing bacteria in insects: mechanisms, incidence, and implications. Emerg Infect Dis. Jul-Aug;6(4):329-36.
[4] Hurst GD, Majerus ME, (1993) Why do maternally inherited microorganisms kill males? Heredity 71 81-95
[5] Nakamura K, Miura K, de Jong P, Ueno H, (2006) Comparison of the incidence of sibling cannibalism between male-killing Spiroplasma infected and uninfected clutches of a predatory ladybird beetle, Harmonia axyridis (Coleoptera: Coccinellidae) European Journal of Entomology Volume: 103, Issue: 2, Pages: 323-326
[6] Zeh DW, Zeh JA, Bonilla MM. (2005) Wolbachia, sex ratio bias and apparent male killing in the harlequin beetle riding pseudoscorpion. Heredity. Jul;95(1):41-9.
[7] Martins AB, Ventura IM, Klaczko LB. (2010) Spiroplasma infection in Drosophila melanogaster: what is the advantage of killing males? J Invertebr Pathol. Oct;105(2):145-50. Epub 2010 Jun 8.
[8] Ebbert MA. (1995) Variable effects of crowding on Drosophila hosts of male-lethal and non-male-lethal spiroplasmas in laboratory populations. Heredity. Mar;74 ( Pt 3):227-40.