メスによる選り好みを通したオスの多様な振動シグナルの進化 小島渉

メスによる選り好みを通したオスの多様な振動シグナルの進化 小島渉

オスの装飾的信号形質は、メスの選り好みを通して進化してきたと考えられている。メスによる選り好みは、種特有のオスの信号形質を進化させ、生殖隔離を強化するかもしれない(1)。つまり、メスによる選り好みは、種分化を促進する重要な力となりうる (1)。

北米のツノゼミEnchenopa binotata には、食草の異なる11以上の系統がみられ、同所的種分化の例として注目されてきた (2) 。本種のオスは食草の上で振動信号を発し、その信号を受けとったメスもまた振動を発することで (duet)、ペアが形成される。室内において、さまざまな合成振動をメスに対して再生したところ、メスは、特定の周波数をもつ振動に対して強い選り好みを示した (3)。他のいくつかの時間的なパラメータに対しては、オープンエンド型 (directional) な選り好みを示した (3)。また、野生に近い条件下で、どのような振動特性をもつオスが交尾を成功させたかを調べたところ、室内で得られたものと同様のパターンが確認された (4)。いくつかの振動パラメータはオス間での競争にも影響を与えていたが、その効果は小さかった (4)。オスの振動信号の構造は、おもにメスの選り好みを通して進化したと考えられる。

興味深いことに、オスは系統ごとに固有の周波数の振動を発し、その周波数は同一系統のメスがもっとも好むものと一致していた (3)。異系統のオスとの交配で生じた子の適応度は低下するため、周波数は、メスが同系統のオスを識別するための重要なパラメータとなるだろう。さらに、その周波数は、振動の基質となるそれぞれの食草の中を伝わりやすいものだった (5, 6)。つまり、それぞれの系統に固有の信号の特徴は、その系統がどの種類の食草を利用するのかと強く関係があると考えられる(5, 6)。以上より、本種における系統の分化は、つぎのようなプロセスを経ておこったことが予想される。まず、新たな食草を利用するようになった個体群が、なんらかの生態的な理由により不完全ながら隔離される (7)。そのような個体群のなかで、ある特定の周波数の振動を発するオスが、振動を効率よく伝えられるという理由で、性選択上有利となる。またそのような周波数をもつ振動に対するメスの選り好みも同時に進化する。このような共進化プロセスを通し、系統特有の振動信号が進化し、生殖隔離が急速に強化されると考えられる。

引用文献
(1) West-Eberhard, MJ. 1983. Sexual selection, social competition, and speciation. The Quarterly Review of Biology 58:155–183
(2) Wood, TK. 1980. Intraspecific divergence in Enchenopa binotata. (Say) (Homoptera: Membracidae) effected by host plant ad- aptation. Evolution 34:147-160.
(3) Rodriguez, RL, Ramaswamy, K & Cocroft, RB. 2006. Evidence that female preferences have shaped male signal evolution in a clade of specialized plant-feeding insects. Proceedings of the Royal Society B 273:2585-2593.
(4) Sullivan Beckers, LE & Cocroft RB. 2010. The importance of female choice, male-male competition and signal transmission as causes of selection on male mating signals. Evolution 64: 3158-3171.
(5) McNett, GD & Cocroft, RB. 2008. Host shifts favor vibrational signal divergence in Enchenopa binotata treehoppers. Behavioral Ecology 19:650-656.
(6) Cocroft, RB, Rodriguez, RL & Hunt, RE. 2010. Host shifts and signal divergence:mating signals covary with host use in a complex of specialized plant-feeding insects. Biological Journal of the Linnean Society 99: 60–72.
(7) Sattman, DA & Cocroft, RB. 2003. Phenotypic plasticity and repeatability in signals of Enchenopa treehoppers, with implications for gene flow among host-shifted populations. Ethology 109:981-994.