オウトウショウジョウバエの産卵管形態における可塑性と進化可能性 修士課程2年 阿久津純一

オウトウショウジョウバエの産卵管形態における可塑性と進化可能性 修士課程2年 阿久津純一

オウトウショウジョウバエ(Drosophila suzukii)の産卵管は近縁種と比べて長く伸長し,硬質化した棘毛を有していることから,他の種が利用できない新鮮な果実への産卵を可能にしていると考えられている[1].今回のセミナーでは,産卵管の発生メカニズムから将来の進化可能性について考える.

産卵管の長さは蛹化後から羽化するまでの期間で決定される[2].キイロショウジョウバエ(D. melanogaster)とオウトウショウジョウバエの蛹化後の産卵管の長さを測定した実験では,蛹化後48時間を境にオウトウショウジョウバエの産卵管は細胞肥大によって急激に伸長にすることがわかった.

また,棘毛はキイロショウジョウバエや,その他近縁種も有しているが,オウトウショウジョウバエの棘毛はマグネシウムを含むことで硬質になっていると考えられる[3].

類似の産卵管形状を持つニセオウトウショウジョウバエ(D. subpulchrella)が比較的柔らかい果実にしか産卵できないことと比べて,オウトウショウジョウバエはさらなる産卵管の進化によってより果皮の硬い果実への適応を果たしたと考えられる。この2種の間の違いを理解するには,ショウジョウバエの産卵管は同時に交尾器であるということを考慮する必要がある.多くのショウジョウバエのオスは交尾器付近に存在する把握片やparamereを用いてメスを固定し,aedeagusからメスへ精子等を渡している[4].オウトウショウジョウバエはparamereがメスの体内に入らない交尾を行う点でニセオウトウショウジョウバエを含む他種とは一線を画しており[5],この交尾姿勢の変更がさらなる産卵管サイズの進化を許容したと考えられている.言い換えると,ニセオウトウショウジョウバエでは交尾時の制約により産卵管サイズの進化可能性が頭打ちになっている.

それでは,交尾時の制約から解放されたオウトウショウジョウバエは今後さらに大きな産卵管を進化させることが可能だろうか?温度は体サイズに可塑的な反応を誘発する環境要因の1つであるが,オウトウショウジョウバエでは体の他の部分におけるサイズ変化と比べて産卵管のサイズは大きく変動せず[6][7],また産卵管の形態も変動しにくいことが明らかとなった[6].このような現象は他の昆虫でも観察されており,極端な交尾器サイズの変動は繁殖において不利になるからだと考えられている.したがってオウトウショウジョウバエにおいても,繁殖上の理由から依然として産卵管のサイズに制約がかかっていることが推察される.ショウジョウバエを含め,昆虫の交尾では一般にオスの生殖器がメスの生殖器を傷つけることが知られている[4]が,オウトウショウジョウバエにおいては硬質化した棘毛が逆にオスの交尾器を傷つけているのかもしれない.

オウトウショウジョウバエにおいてさらなる産卵管の伸長や棘毛の硬質化はより硬い果皮を持つ果実への産卵に際して有利にはたらき,新たなニッチの獲得に寄与する可能性があるが,交尾に関してはデメリットになる可能性があり,現状では両者の平衡状態にあると考えられる.しかし雌雄間の共進化により,さらに長くて硬い産卵管を持つメスとも交尾ができるような交尾器形状に変化したオスが出現する可能性は否定できない.

References


[1]Atallah, Joel, et al. “The making of a pest: the evolution of a fruit-penetrating ovipositor in Drosophila suzukii and related species.” Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences 281.1781 (2014): 20132840.

[2] Green, Jack E., et al. “Evolution of ovipositor length in Drosophila suzukii is driven by enhanced cell size expansion and anisotropic tissue reorganization.” Current Biology 29.12 (2019): 2075-2082.

[3] Polidori, Carlo, and Mareike Wurdack. “Mg-enriched ovipositors as a possible adaptation to hard-skinned fruit oviposition in Drosophila suzukii and D. subpulchrella.” Arthropod-Plant Interactions 13.3 (2019): 551-560.

[4] Kamimura, Yoshitaka, and Hiroyuki Mitsumoto. “Comparative copulation anatomy of the Drosophila melanogaster species complex (Diptera: Drosophilidae).” Entomological Science 14.4 (2011): 399-410..

[5] Muto, Leona, et al. “An innovative ovipositor for niche exploitation impacts genital coevolution between sexes in a fruit-damaging Drosophila.” Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences 285.1887 (2018): 20181635.

[6] Clemente, Maria, et al. “Temperature-induced phenotypic plasticity in the ovipositor of the invasive species Drosophila suzukii.” Journal of thermal biology 75 (2018): 62-68..

[7] Varón-González, Ceferino, et al. “Limited thermal plasticity and geographical divergence in the ovipositor of Drosophila suzukii.” Royal Society open science 7.1 (2020): 191577.