闘争と求愛は両極端の⾏動に⾒えるが、⾃然状態ではメスのそばに他のオスがいることも往々にしてあり、オスには求愛⾏動と闘争⾏動を頻繁に切り替えながら適切に発現することが求められる。
キイロショウジョウバエを⽤いて闘争⾏動の神経基盤を研究している過程で、⼈為的に活性化した際に闘争⾏動を引き起こす神経細胞のスクリーニングが⾏われた。特定の神経細胞での発現を誘導する19の遺伝⼦の上流配列が得られたが、そのうちの3つが闘争と同時に求愛のような⽚翅を広げる⾏動も誘導した[1]。これらの3つの上流配列は脳のP1と呼ばれる領域で発現を促す点で共通性があった。P1 は Fruitless タンパクが発現する神経細胞群の中でも最もよく研究されており、オスの求愛⾏動をつかさどる中枢と考えられている[2]。スクリーニングに⽤いたサーモジェネティクスよりも時間的解像度の⾼いオプトジェネティクスに切り替えて実験すると、P1 を刺激している間は求愛が、刺激をoffにすると闘争が引き起こされることが分かった。また、他個体がいないときには求愛しか起こらなかった[3]。著者らは P1こそが闘争と求愛を切り替えるスイッチであると考えた。
ところが、ほぼ同時に研究を進めていた別のグループは、P1は求愛⾏動しか誘導せず、ほぼ同じ位置にあるが P1 でない神経細胞(fruを発現しないことで区別される)が闘争⾏動を誘導すると発表し、一つ目のグループの結果は彼らがP1 と呼んでいる細胞群が実際にはそれら2つの細胞群の混成であるためだと主張した[4]。
最近になり、P1の下流に位置して求愛と闘争の両方を制御する神経が見つかった[5,6]。Drosulfakinin (Dsk)という神経ペプチドおよびその受容体CCKLR-17D3を発現する神経細胞群からなる回路は、P1と拮抗的に働いて求愛と交尾行動を調節した[5]。一方、DskまたはDsk受容体CCKLR−17D1の遺伝子ノックアウトは闘争を減少させた。Dskを発現する神経の人為的活性化はオスの闘争行動を増加させ、逆に神経活動を抑制すると闘争を減少させた[6]。
P1 はその定義上オスにしか存在しない神経細胞であり、以上の研究はオスを用いて行われてきた。ところが、メスでpC1 神経群(オスではP1 を内包するより大きな領域)を刺激すると求愛⾏動を⾏うという驚きの結果が報告された[7]。メスが闘争⾏動を⽰すこともすでに知られており、メスではP1が関与しない神経回路が闘争と求愛行動を制御していると考えられる [8]。
P1は、実際には異なる機能を持つ複数のタイプの神経細胞群から構成されていると考えられ、今後さらに研究を進めていくためには、これらのサブタイプを区別して遺伝子発現を操作できる、より精密な遺伝子発現ドライバーの開発が望まれる。
REFERENCES
1. Hoopfer ED, Jung Y, Inagaki HK et al. (2015) P1 interneurons promote a persistent internal state that enhances inter-male aggression in Drosophila. Elife 4.
2. Ellendersen BE, von Philipsborn AC (2017) Neuronal modulation of D. melanogaster sexual behaviour. Curr Opin Insect Sci 24, 21-28.
3. Hoopfer ED (2016) Neural control of aggression in Drosophila. Curr Opin Neurobiol 38, 109-118.
4. Koganezawa M, Kimura K, Yamamoto D (2016) The Neural Circuitry that Functions as a Switch for Courtship versus Aggression in Drosophila Males. Curr Biol 26, 1395-1403.
5. Wu S, Guo C, Zhao H et al. (2019) Drosulfakinin signaling in fruitless circuitry antagonizes P1 neurons to regulate sexual arousal in Drosophila. Nat Commun 10, 4770.
6. Wu F, Deng B, Xiao N et al. (2020) A neuropeptide regulates fighting behavior in Drosophila melanogaster. Elife 9.
7. Rezaval C, Pattnaik S, Pavlou HJ et al. (2016) Activation of Latent Courtship Circuitry in the Brain of Drosophila Females Induces Male-like Behaviors. Curr Biol 26, 2508-2515.
8. Jiang X, Pan Y (2022) Neural Control of Action Selection Among Innate Behaviors. Neurosci Bull.