性的な共食い(Sexual cannibalism)とは、メスが交尾前、交尾中、交尾後にオスを摂食する行動であり、昆虫ではカマキリ類において観察される。野外で性的な共食いが起こる頻度は決して低くなく、ウスバカマキリMantis religiosaではおよそ3割のオスがメスによって捕食されてしまう(1)。性的な共食いによって、メスは繁殖能力や栄養状態を高めることができる(2、3)。また、オスを捕食していないメスに比べて、オスを捕食したメスでは卵や生殖器官におけるオス由来のアミノ酸量が増加する(3)。つまり、性的な共食いは、子の数を増やすことができるという点でオスにとっても直接的な利益となる。その一方で、性的な共食いについて適応的ではない仮説もいくつか提唱されている。その内の一つが、餌となる他種の昆虫と交尾相手であるオスを見分ける能力がないために、メスがオスを誤って食べてしまうという誤認仮説である(4)。誤認仮説は強い支持が得られていないものの、野外において未交尾のオスが捕食されることもある。
オスは性的な共食いをどのように回避しているのだろう。多くの昆虫と同様に、交尾のためにカマキリのオスはメスを探し、メスは性フェロモンによってオスを誘引する。オオカマキリTenodera aridifoliaのメスでは、空腹よりも満腹な個体が、また、既交尾よりも未交尾の個体がオスをより誘引することが知られている(5)。満腹で未交尾のメスは自分を捕食しにくく、交尾しやすいため、オスにとって都合の良いメスであろう。つまり、オオカマキリの性フェロモンはメスの質を示す正直な信号として機能していることが示唆されている。
未交尾のオスは、自らの子を残すためにメスと交尾をしなければならない。では、既交尾のオスであればメスや子のために、餌資源として食べられても良いのだろうか。例えば、性的な共食いが観察されるクモでは、既交尾のオスはメスに食べられ、栄養になった方が良いのかもしれない。なぜなら、クモ類のオスは生涯に一度しか交尾できないからである。一方、カマキリのオスは複数回交尾することが可能であるため、交尾を成功させたオスは、食べられることなくメスから逃げきることができれば、更なる交尾の機会を得られる可能性がある。そのため、例えばオオカマキリのオスは、空腹なメスや凶暴なメスに対して交尾アプローチをしにくくなる(6)。またオスは、メスの捕食者に対する反応や摂食行動、グルーミング行動を観察することによって、交尾前アプローチのスピードを変化させる(7)。捕食活性の高いメスすなわち危険なメスに対して、オスは素早くアプローチすることで食べられて死亡するリスクを軽減しているのである。このようなオスによるメスからの捕食の回避は、性的な共食いの利益が雌雄で共有されているわけではなく、対立していることを示唆している。
以上のことから、メスに誘引されたオスは、メスによる捕食をうまく回避して交尾を成功させているように見える。ところが、カマキリの一種Pseudomantis albofimbriataでは、極端に空腹になったメスは満腹時と同程度の性フェロモンを放出し、オスを誘引することが最近になって明らかになった(8)。つまり、オオカマキリの例とは逆に、P. albofirmbriataのメスは性フェロモンを不正直なだましの信号としても利用している可能性がある。カマキリのメスは、オスよりも一枚上手なのかもしれない。
【引用文献】
1. Lawrence SE: Sexual cannibalism in the praying mantid, Mantis religiosa – a field-study. Animal Behaviour 1992, 43:569-583.
2. Birkhead TR, Lee KE, Young P: Sexual Cannibalism in the praying mantis Hierodula membranacea. Behaviour 1988, 106:112-118.
3. Brown WD, Barry KL: Sexual cannibalism increases male material investment in offspring: quantifying terminal reproductive effort in a praying mantis. Proceedings of the Royal Society B-Biological Sciences 2016, 283:1833.
4. Prokop P, Maxwell MR: Female predatory response to conspecific males and heterospecific prey in the praying mantis Mantis religiosa: evidence for discrimination of conspecific males. Journal of Ethology 2016, 34:139-146.
5. Lelito JP, Brown WD: Mate attraction by females in a sexually cannibalistic praying mantis. Behavioral Ecology and Sociobiology 2008, 63:313-320.
6. Lelito JP, Brown WD: Natural history miscellany – Complicity or conflict over sexual cannibalism? Male risk taking in the praying mantis Tenodera aridifolia sinensis. American Naturalist 2006, 168:263-269.
7. Gemeno C, Claramunt J: Sexual approach in the praying mantid Mantis religiosa (L.). Journal of Insect Behavior 2006, 19:731-740.
8. Barry KL: Sexual deception in a cannibalistic mating system? Testing the Femme Fatale hypothesis. Proceedings of the Royal Society B-Biological Sciences 2014, 282:1428.