昆虫の体表面はワックス成分に覆われており、クチクラワックスと呼ばれる。クチクラワックスは乾燥ストレス耐性やバクテリア耐性という点で昆虫の地球上での繁栄に貢献してきた。例えば、鱗翅目昆虫の一種であるスジコナマダラメイガ(Rephastia kuehniella)のクチクラワックスからは、複数種のアルカン、脂肪酸、アルコール、アセテート、アルデヒドが同定されている。このクチクラワックス抽出物をグラム陰性菌とともに培養すると、菌の繁殖を抑制する効果があることが分かっている。[1]
一方、昆虫のクチクラワックス成分の一つであるクチクラ炭化水素(CHCs:Cuticular hydrocarbons)は、交信化学物質としても利用される。双翅目昆虫や甲虫目昆虫では、雌雄が出会った際、互いを同種の異性であると確認するための同種識別・性識別シグナルとして作用する。[2]キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)では、雌雄の体表から揮発するモノエンやジエンが段階的に作用して、wing vibrationやlickingなどの至近距離の配偶行動を段階的に解発させる。[3]
また、近年の研究では鱗翅目昆虫においてもクチクラ炭化水素が配偶行動に利用されることが示唆されている。ガ類の配偶者選択には、腹部末端から放出される揮発性の性フェロモンが利用されることが知られている。ガ類の一種であるモモノゴマダラノメイガ(Conogethes punctiferalis)からは、TypeⅠのフェロモンに分類されるE10-hexadecenalおよびZ10-hexadecenalがすでに同定されていたが、野外でのモニタリング、交信撹乱の効果は低かった。Xiaoらは、本種のクチクラワックスを既知のフェロモン成分に添加し、風洞により行動実験を行った。[4]その結果、既知のフェロモン成分のみに比べ、クチクラワックスを添加した試験区は、至近距離での滞在時間と接触回数が優位に増加した。活性成分をGC-MSで解析した結果、それらの成分はTypeⅡ性フェロモンに分類されるZ9-heptacoseneとZ3,Z6,Z9-tricosatrieneの二種の炭化水素であった。[5][6]また、カクモンノメイガ(Rehimena surusalis)のフェロモン腺抽出物からはTypeⅠとTypeⅡ性フェロモン両方の成分が同定されており、そのブレンドは誘引活性があることが野外試験で明らかになっている。[7]これらの結果より、ガ類において、クチクラ炭化水素が至近距離の配偶行動におけるリリーサーとなることが示唆された。また、すでに性フェロモンが同定されている種においても、フェロモン腺やクチクラに含まれるTypeⅡの炭化水素との相乗効果により、配偶行動が解発される可能性があり、さらなる研究が待たれる。
[1]Mahmoud Mehranian, Reza Farshbaf Pourabad, Nemat Sokhandan Bashir & Alireza Motavalizadehkakhky(2016) Isolation and identification of cuticular compounds from the mediterranean flour moth, Ephestia kuehniella Zeller (Lepidoptera: Pyralidae), their antibacterial activities and biological functions. Archives of PhytoPAthology And PlAnt Protection 50:47–61
[2]Matthew D.Ginzel(2010)Hydrocarbons as contact pheromones of longhorned beetles (Coleoptera: Cerambycidae). Insect Hydrocarbons 375-389
[3]Jean-Franqois Ferveur(1996) The pheromonal role of cuticular hydrocarbons in Drosophila melanogaster. BioEssays 19 (4) : 353-358
[4]Wei Xiao and Hiroshi Honda(2010) Non-polar body waxes enhance sex pheromone activity in the yellow peach moth, Conogethes punctiferalis (Guenée) (Lepidoptera: Crambidae). Appl. Entomol. Zool. 45 (3): 449–456
[5]Wei Xiao, Hiroshi Honda&Shigeru Matsuyama(2011) Monoenyl hydrocarbons in female body wax of the yellow peach moth as synergists of aldehyde pheromone components. Appl Entomol Zool 46:239–246
[6]Wei Xiao, Shigeru Matsuyama, Tetsu Ando, Jocelyn G. Millar & Hiroshi Honda(2012)Unsaturated Cuticular Hydrocarbons Synergize Responses to Sex Attractant Pheromone in the Yellow Peach Moth, Conogethes punctiferalis. J Chem Ecol 38(9):1143-1150
[7]Hiroshi Honda, Ryokuhei Yamasaki, Yoko Sumiuchi, Takuya Uehara, Shigeru Matsuyama, Tetsu Ando, Hideshi Naka(2015)Hybrid sex pheromone of Hibiscus flower-bud borer, Rehimena surusalis. J Chem Ecol. 41:1043-1049