多くの昆虫と同様に、キイロショウジョウバエのメスは複数のオスと交尾をする(polyandry)[1]。しかし、必要以上の交尾はメスの寿命を縮めるだけでなく、産卵数の低下も引き起こすなどメスにとって様々なコストを孕んでいることが知られている[2, 3]。そういった多くのコストを伴うpolyandryはなぜ進化してきたのだろうか。この問いに対して、これまでに多くの生態学的研究が行われてきたが、未だにはっきりとした解は導き出されていない。今回のセミナーでは、キイロショウジョウバエの研究を中心に議論の渦中にあるpolyandryの生態学的メカニズムに関して論じていく。ただし、キイロショウジョウバエにおいてオスがメスに交尾を強いるような形質は確認されていないため、本セミナーは強制交尾によるpolyandryという観点が含まれていないことをあらかじめ断っておく。
Polyandryが進化するには、メスが複数のオスと交尾をすることで得られる直接的または間接的な利益が交尾のコストを上回っている必要がある[4]。直接的な利益とは精子の補充や婚姻贈呈などのように交尾をしたメス自身の適応度を上昇させるものである。一方で、間接的な利益とはgood gene仮説(複数回交尾で生じる精子競争によって精子が淘汰される)などのように次世代の適応度を上昇させるものである。Brownらはキイロショウジョウバエにおいて一匹のオスと繰り返し交尾したメスと複数のオスと交尾をしたメスの間で子孫数に差がないことを明らかにし、メスは複数のオスと交尾をすることで直接的な利益を得られていないと主張した[5]。また、メスの精子選択性や質の悪いオスとの遭遇率を加味すると間接的な利益は直接的な利益に比べて重要度が低く、polyandryという交尾システムをドライブする要因には至らないとも考えられている[4, 5]。このように、キイロショウジョウバエにおいて複数のオスとの交尾はコストを上回るほどの利益をメスに齎し得ないと考えられてきたため、生態学者たちはキイロショウジョウバエにおいてpolyandryがなぜ進化してきたのか頭を悩ませていた。
そんな中、2015年にKainらは自然界においてbet-hedgingが間接的な利益として種の存続に寄与していることを明らかにする論文を発表した[6]。Bet-hedgingとは複数のオスと交尾をすることで、メスは自らの子孫が適応的でないオス由来の表現型で占められるリスクを最小限に抑えているという考え方である[7]。Kainらの研究では実際の天候を反映した実験系を用いることでbet-hedgingの効果を検証し、気温が変動する条件においてbet-hedgingの効果がより発揮されることを明らかにした。つまり、bet-hedgingによって得られる間接的利益はpolyandryの進化を促す要因になりうることが再提唱されたのである。
これまでは研究室内の恒温環境で実験を行っている研究が主であったが、Kainらの研究のように自然界に近い環境で実験を行った結果の方がpolyandryの適応的な意義を正しく考察できているように思われる。キイロショウジョウバエにおいて何がpolyandryを進化させてきたのか未だはっきりとした解は出ていないが、自然界ではどのような環境条件なのだろうかと一歩引いた視点に立ち返ることは生態学的メカニズムを理解する上でより正しい解に近づかせてくれるだろう。
References
[1] Gowaty PA (2012) The evolution of multiple mating. Fly 6: 3–11
[2] Wigby S, Chapman T (2005) Sex peptide causes mating costs in female Drosophila melanogaster. Curr Biol 15: 316–321
[3] Priest NK, Galloway LF, Roach DA (2008) Mating frequency and inclusive fitness in Drosophila melanogaster. Am Nat 171: 10–21
[4] Arnqvist G, Nilsson T (2000) The evolution of polyandry: multiple mating and female fitness in insects. Anim Behav 60: 145–164
[5] Brown WD, Bjork A, Schneider K, Pitnick S (2004) No evidence that polyandry benefits females in Drosophila melanogaster. Evolution 58: 1242–1250
[6] Kain JS, Zhang S, Akhund-Zade J, Samuel ADT, Klein M, de Bivort BL (2015) Variability in thermal and phototactic preferences in Drosophila may reflect an adaptive bet-hedging strategy. Evolution 69: 3171–3185
[7] Yasui Y, Garcia-Gonzalez (2016) Bet-hedging as a mechanism for the evolution of polyandry, revisited. Evolution 70: 385–397