幼虫への性フェロモンの影響 修士2年 三戸紘介

幼虫への性フェロモンの影響 修士2年 三戸紘介

・ガ類成虫のメスがフェロモン腺から放出する性フェロモンは、同種オスの触覚によって感知され求愛行動を引き起こす。性フェロモンは今まで、繁殖の手段として定義されてきたのである。しかし近年の研究で、繁殖行動に関係がない幼虫も、違う理由で性フェロモンを利用していることが明らかになりつつある。

・昆虫の触覚には嗅覚感覚子という突起状の感覚器があり、嗅覚感覚子の内部には複数の嗅覚受容細胞(olfactory receptor neuron = ORN)がある。フェロモンや匂い分子は、感覚子リンパ液中に高濃度で存在するフェロモン結合たんぱく質(pheromone binding protein = PBP)または匂い結合たんぱく質(general odorant-binding protein = GOBP)と結合することで可溶化され、樹状突起の細胞膜上に存在する受容体(olfactory receptor = OR)に伝えられると考えられてきた。

・しかし、PBPはフェロモンを、GOBPはその他の匂い分子にそれぞれ関与する、というように名前通りに単純に差別化できるものではないようである。

・例えば、Spodoptera litura(ハスモンヨトウ)の3種類のPBPは性フェロモンの他に、植物由来の揮発性物質をそれぞれ判別して応答している。(1)

・逆に、Mamestra brassicae(ヨトウガ)のGOBP2は性フェロモンの応答に、毛状感覚子でその阻害剤を受容することによって関わっている。(2)

・Bombyx mori(カイコ)においては、 PBP1とGOBP2はともに性フェロモンに親和性があるが、GOBP2は2つの性フェロモン成分(bombykolとbombykal)を識別している。 (3)

・そして、Spodoptera exigua(シロイチモジヨトウ)の幼虫で頭部に特異的に発現する、SexiOBP13と呼ばれるOBPは、この種の性フェロモンの主成分であるZ9,E12-14:Acとの強い親和性を見せた。また行動実験においても、この成分によって幼虫は触発されており、幼虫が性フェロモンから何らかの影響を受けていることが確認されたのだ。(4)

・また、ヤガ科のHeliothis virescensを用いた実験では、フェロモンの受容体であるHR6とHR13が幼虫の嗅覚感覚子上で発現しており、幼虫も成虫と同じ分子機構を通じて性フェロモンを感知していることが示唆されている。(5)

・では、幼虫はどのように性フェロモンを使っているのだろうか?

・Spodoptera littoralis(エジプトヨトウ)の幼虫は性フェロモンの主成分を含んだ餌をより好んだことから、幼虫は性フェロモンを使って餌探しをしているのではないかという推測がなされている。この時、PBPは幼虫の感覚子でも発現していた。 (6)

・Pluttella xylostella(コナガ)においては、幼虫は性フェロモンとその主成分に対して誘引されてはいるものの、餌の中に入っていた場合に限定される。この種の幼虫においては、PBPが発現する代わりにGOBPを使って性フェロモンを認識している。(7)

・私はこれらの研究結果から、性フェロモン受容においてGOBPはPBPに対して補完的な役割を持っており、嗅覚の未発達な幼虫においてGOBPの影響が相対的に強く表れることがあるのではないかと考えている。

・幼虫に対する「性」フェロモン研究が提供する新しい切り口にこれからも注目したい。

(1)Nai-Yong Liu. et al. Functional differentiation of pheromone-binding proteins in the common Spodoptera litura. Comparative Biochemistry and Physiology, Part A 165 (2013) 254-262.
(2)E. Jacquin-Joly. et al. Characterization of the general odorant-binding protein 2 in the molecular coding of odorants in Mamestra brassicae. Eur. J. Biochem. 267. 6708-6714 (2000)
(3)Xiaoli He. et al. Binding of the general odorant binding protein of Bombyx mori BmorGOBP2 to the moth sex pheromone components. J Chem Ecol (2010) 36:1293-1305.
(4)Jin Rong. et al. A larval specific OBP able to bind the major female sex pheromone component in Spodoptera exigua. Journal of Integrative Agriculture. 2015, 14(7): 1356-1366.
(5)M.Zielonka. et al. Larval sensilla of the moth Heliothis virescens respond to sex pheromone components. Insect Molecular Biology (2016) 25(5), 666-678.
(6)Poivet, E. et al. The use of sex pheromone as an evolutionary solution to food source selection in caterpillars. Nat. Comm. 3:1047 doi:10.1038/ncomms2050 (2012).
(7)Jiao Zhu. et al. General odorant-binding proteins and sex pheromone guide larvae of Plutella xylostella to better food. Insect Biochemistry and Molecular Biology. 72 (2016) 10-19.