カルシウムイオンCa2+は細胞内においてセカンドメッセンジャーとしての役割を担う物質であり、Ca2+の濃度測定は細胞の活動を詳細にモニターする上で有効な手段となりうる。初期に開発されたCa2+イメージング技術は、蛍光指示薬を細胞内に直接注入しておこなわれることから、容易に細胞へ導入できるため現在でももちいられているが、細胞特異的な導入が困難であり、長期的な観察に向いていないといった欠点があった。
そこで細胞特異的な発現が長期にわたって安定的に観察可能である、遺伝的にコードされたCa2+センサー(Genetically encoded Ca2+ sensor: GECS)の開発がおこなわれてきた。遺伝子を導入した細胞に励起光をあてることで蛍光を誘発する本技術は、発光/フォスター共鳴エネルギー移動(Fluorescent/Förster resonance energy transfer: FRET)型センサーと単一蛍光タンパク質型センサーの2種類がよくもちいられる。FRET型センサーは、cameleonに代表されるプローブであり、YFPとCYPといった波長の異なる2種類の蛍光タンパク質を組み合わせることで、励起前後での蛍光波長のちがいを検出するものである。蛍光比測定から安定な測定が可能であるというメリットをゆうし、キイロショウジョウバエDrosophila melanogasterにおいても飛翔筋におけるCa2+動態と実際の行動とを比較するための生体イメージングなどに利用されている(2)。一方、単一蛍光タンパク質型センサーはG-CaMPに代表され(1)、D. melanogasterでは味覚神経における甘味、苦味受容時の神経活動や視覚系のOFF経路におけるCa2+動態を調べる目的でもちいられている(3,4,5)。単一蛍光タンパク質型プローブは蛍光変化の度合いが大きいことや測定の単純さなどのメリットをゆうするが、FRET型センサーに比べて測定時の安定性が劣るといったデメリットを抱えていた。G-CaMPを改良することにより、より強く蛍光するG-GECOや緑色以外の蛍光タンパク質B-GECO(青)、R-GECO(赤)などが開発され(6)、プローブに対する励起光の波長を長波長側にずらすことにより、チャネルロドプシンなどの光遺伝学ツールとの併用も可能になった(7)。
上記の技術により高精度なイメージングが可能になったものの、蛍光を誘発するために励起光をもちいるという性質上、光依存的な生物プロセスには利用できないという問題や光毒性への懸念が依然としてあった。このような問題に対して、イクオリンAequorinなどの生物発光タンパク質と蛍光タンパク質との間の生物発光共鳴エネルギー移動(Bioluminescence resonance energy transfer: BRET)を利用することによる、細胞侵襲的な励起光をもちいない生体イメージング技術も開発されている(8,9)。
このように、開発された当初は利用できる場面が限定されていたCa2+イメージング技術は顕微鏡の開発や蛍光タンパク質の改良などによって、驚くほど短期間のうちに汎用性が高まった。今後は、自由行動する生物においても実際の行動とシグナル伝達の両方をリアルタイムに観察できるような技術の開発が望まれる。
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