これまでに行動の神経学的基盤を明らかにするための操作方法として、様々なツールが開発されてきた。例えば、微小電極によって神経細胞を電気的に刺激し、それにともなう活動電位を測定するパッチクランプ法があげられるが、物理的な接触による影響を拭い去れないという難点があった。それに対し、光を刺激としてもちいると神経組織へのダメージを軽減でき、かつ空間的・時間的に高い分解能で操作することが可能になる。このような操作技術として、これまでは一般的にケージド化合物がもちいられてきた。ケージド化合物は光照射により取り外すことが可能な光学修飾を施してあり、局所的にUVを照射することで瞬時の活性化が可能である(1)。しかしながら、この技術では事前にケージド化合物のインジェクションなどの手間がかかるという問題があった。
今回取り上げる光遺伝学的手法は、光感受性タンパク質であるチャネルロドプシンをもちいている。ショウジョウバエではGAL4/UASと組み合わせて神経細胞特異的にチャネルロドプシンを発現させることが可能であり、光を照射することで瞬時に神経の活動を制御できる。チャネルロドプシンは当初、幼虫の苦痛刺激や成虫における口吻伸展などの反射反応を対象としてもちいられた(2、3)。幼虫や成虫の反射反応に対するアッセイで導入が早かった理由は光の透過性にある。ショウジョウバエ幼虫の表皮や成虫の口器付近は薄く、透けているのに対し、成虫の頭部表皮は着色したクチクラで被われていることから、光が透過しにくく、開発初期のチャネルロドプシンでは光感度が不足していたためである。その後、機器やライトの性能が向上や光感受性能が大きいチャネルロドプシン変異体の導入により、成虫での利用も進んできた。例えば、逃走や忌避行動を制御する神経を青色光をもちいて活性化させると瞬時に飛翔、跳躍行動が解発された(4、5)。このようなレスポンデント行動だけでなく、オペラント行動の制御も可能であることがわかっており(6)、学習などの複雑な行動への利用も期待される。また、それまでもちいられていた青色光(約470nm)は波長が短いため、透過能が小さく使用が限定されていたが、赤色光(約670nm)へ吸収光の波長がシフトしたチャネルロドプシン変異体の利用も可能になり、より複雑な行動要素である求愛の制御も可能になった(7)。さらにチャネルロドプシンに加えて、吸収する波長域の異なるハロロドプシン(黄色光:約590nm)をもちいることで行動のON/OFFが同時に制御できるようになった(8)。
このように光遺伝学ツールは年々改良されており、これまで導入不可能と考えられていた生物での使用も可能になっていくことが予想される。様々な分子、神経が関係する複雑な表現型である行動をリアルタイムに操作・観察できるようになることで、これまで曖昧であった細胞どうしの相互作用、ひいては個体どうしがおこなう行動の相互作用などへの理解が深まるだろう。
【引用文献】
1. Lima, S. Q. and Miesenbock, G. (2005) Remote control of behavior through genetically targeted photostimulation of neurons. Cell. 121: 141-152.
2. Schroll, C., Riemensperger, T., Bucher, D., Ehmer, J., Völler, T., Erbguth, K., Gerber, B., Hendel, T., Nagel, G., Buchner, E. and Fiala, A. Light-induced activation of distinct modulatory neurons triggers appetitive or aversive learning in Drosophila larvae. Current Biology. 16: 1741-1747.
3. Zhang, W., Ge, W. and Wang, Z. (2007) A toolbox for light control of Drosophila behaviors through Channelrhodopsin 2-mediated photoactivation of targeted neurons. European Journal of Neuroscience. 26: 2405-2416.
4. Vries, S. E. J. and Clandinin, T. (2013) Optogenetic stimulation of escape behavior in Drosophila melanogaster. Journal of Visualized Experiments. 71: e50192.
5. Zimmermann, G., Wang, L-P., Vaughan, A. G., Manoli, D. S., Zhang, F., Deisseroth, K., Baker, B. S. and Scott, M. P. (2009) Manipulation of an innate escape response in Drosophila: photoexcitation of acj6 neurons induces the escape response. Plos One. 4: e5100.
6. Dierick, H. A. and Greenspan, R. J. (2012) Avoidance of heat and attraction to optogenetically induced sugar sensation as operant behavior in adult Drosophila. Journal Neurogenetics. 26:298-305.
7. Inagaki, H. K., Jung, Y., Hoopfer, E. D., Wong, A. M., Mishra, N, Lin, J. Y., Tsien, R. Y. and Anderson, D. J. (2014) Optogenetic control of Drosophila using a red-shifted channelrhodopsin reveals experience-dependent influences on courtship. Nature Methods. 11: 325-332.
8. Wu, M-C., Chu, L-A., Hsiao, P-Y., Lin, Y-Y., Chi, C-C., Liu, T-H., Fu, C-C. and Chiang A-S. (2014) Optogenetic control of selective neural activity in multiple freely moving Drosophila adults. Proceedings of the National Academy of Sciences. 111: 5367-5372.