Vernolic acidを合成するエポキシ化酵素及びその応用 博士課程1年 戎 煜

Vernolic acidを合成するエポキシ化酵素及びその応用 博士課程1年 戎 煜

最近の研究により、長年「謎」とされていたヒトリガ科昆虫アメリカシロヒトリ(Hyphantria cunea)の性フェロモン生合成経路上に存在するエポキシ化酵素が分子レベルで明らかとなり、cytochrome P450であることがわかった。一方、興味深いことに、植物で希少脂肪酸(unusual fatty acid)と呼ばれるvernolic acidを合成するエポキシ化酵素は、heme型のP450ファミリーに属するものとnon-heme型のdesaturaseファミリーに属するものが知られている[1,2,3,4,5]。このdesaturase(不飽和化酵素)はまた、ガ類昆虫の性フェロモン生合成酵素にも用いられている。今回のセミナーは、昆虫の性フェロモン生合成酵素と同じファミリーに属するvernolic acidを合成するエポキシ化酵素に注目し、昆虫と植物両方から得た知見を踏まえて、議論したい。

Vernolic acid(12-Epoxyoctadeca-cis-9-enoic acid)は炭素鎖18のエポキシ脂肪酸の一種であり、炭素鎖の12と13位の炭素原子の間にエポキシ環が含まれているのが一般的な脂肪酸(common fatty acid)と異なるため、希少脂肪酸(unusual fatty acid)と呼ばれている。希少脂肪酸は、再生可能な原料として化学工業で注目されている。例えば、Vernolic acidの含有率の高い植物油(vegetable oil、主にseed oil)は、ポリ塩化ビニールの可塑剤、接着剤、塗料などとして使われ、潜在的な工業用途が多数知られている[1,6]。

Euphorbia lagascae及びVernonia galamensisの種子におけるvernolic acidのエポキシ環の形成は、リノール酸を基質として、その12位の二重結合への酸素原子の挿入によることが示された[1,2]。しかし、興味深いことに、これまでの研究では、vernolic acidを蓄積するEuphorbia lagascaeとキク科植物の種子で行うエポキシ化反応は、基質と生成物が同じであるにも関わらず、全く違うファミリーに属する異なるエポキシ化酵素によって触媒されることが示されている[1,3,4,5]。Euphorbia lagascaeの場合は、heme型cytochrome P450がvernolic acidのエポキシ環の形成に関与することが生化学的研究により示唆されている[3]。この結論は一酸化炭素によりエポキシ化酵素の活性が強く阻害される(酵素活性は3%まで低下)ことによって支持されており、酵素活性はまた、cytochrome P450 reductase antibodiesにも抑制された(酵素活性は33%まで低下)[3]。更に、Cahoonらは、このP450遺伝子、CYP726A1を同定し、酵母発現系及びトランスジェニック植物を用いて酵素活性を証明した[1]。一方、キク科植物Crepis palaestinaの種子を用いた研究では、vernolic acidのエポキシ環はcytochrome P450ではなく、non-heme型のfatty acid desaturase型酵素(Δ12 linoleate epoxygenase; Cpal2)によって形成されていることが示唆された[4]。当種では、Δ12 epoxygenaseの活性はシアン化物によって抑制されたが、一酸化炭素及びcytochrome P450 reductase antibodiesの影響はほとんど受けなかった[4]。そして、Cpal2をArabidopsis thalianaで発現させ、種子中のvernolic acidの含有量が0から15%まで増加した[4]。更に、Hatanakaらは同じキク科植物Stokesia laevisからエポキシ化酵素遺伝子(Stokesia laevis epoxygenase; SlEPX)を単離した。Cpal2と比べ、アミノ酸配列の相同性は68%であった。SlEPXを酵母及びArabidopsis thalianaで発現させ、vernolic acidが検出された[5]。これらの結果により、vernolic acidを合成するエポキシ化反応は、酵素の分子構造が全く異なるにも関わらず、heme型エポキシ化酵素とnon-heme型エポキシ化酵素ともに触媒されることができる。

Crepis palaestina、Euphorbia lagascaeなどいくつの野生種は種子の中で種子脂肪酸の50%~90%を占めるvernolic acidを蓄積するが、種子の低収率、貧弱な油含有量、限定された栽培地域など農作物として適さないため、大量生産が難しい。しかし、vernolic acidを合成するエポキシ化酵素遺伝子を油糧作物で発現させ、希少脂肪酸を合成した結果、野生種と比べ、トランスジェニック植物に蓄積したエポキシ脂肪酸ははるかに低い[6]。ZhouらはCrepis palaestinaなど植物種由来のΔ12-desaturase遺伝子とCrepis palaestina Δ12- epoxygenase遺伝子をリノール酸含有量の高いArabidopsis mutantで共発現させた結果、蓄積したvernolic acidが脂肪酸総量の21%まで上昇した[7]。更に、LiらはStokesia laevis及びVernonia galamensis由来のdiacylglycerol acyltransferase遺伝子(VgDGAT1 and VgDGAT2)とStokesia laevis epoxygenase(SlEPX)をダイズで共発現させることで、vernolic acidの収量は最大26%に増加した[8]。希少脂肪酸の生合成酵素を発現した遺伝子組み換え油糧植物を用いて、工業用途の多いエポキシ脂肪酸の産量を如何に増加するか、更なる研究が期待される。

以上の知見により、植物のエポキシ脂肪酸生合成酵素と昆虫の性フェロモン生合成酵素は同じファミリーに属し、類似の触媒作用をしていることがわかった。酵素の基質選択性など多くの問題がまだ残っているが、もしかしたら昆虫由来の遺伝子もまた、新たにデザインした発現系を通じて、人類に大きな価値のあるこれら希少脂肪酸の大量生産に役立つ可能性があるかもしれない。

References

[1] Cahoon, E. B., Ripp, K. G., Hall, S. E., McGonigle, B. (2002) Transgenic production of epoxy fatty acids by expression of a cytochrome p450 enzyme from Euphorbia lagascae seed. Plant Physiology 128, 615-624.

[2] Liu, L., Hammond, E. G., Nikolau, B. J. (1998) In vivo studies of the biosynthesis of vernolic acid in the seed of Vernonia galamensis. Lipids 33, 1217-1221.

[3] Bafor, M., Smith, M. A., Jonsson, L., Stobart, K., Stymne, S. (1993) Biosynthesis of vernoleate (cis-12-epoxyoctadeca cis-9-enoate) in microsomal preparations from developing endosperm of Euphorbia lagascae. Archives of Biochemistry and Biophysics 303, 145-151.

[4] Lee, M., Lenman, M., Banas, A., Bafor, M., Singh, S., Scherizer, M., Nilsson, R., Liljenberg, C., Dahlqvist, A., Gummeson, P.-O., Sjodahl, S., Green, A., Stymne, S., (1998) Identification of nonheme diiron proteins that catalyze triple bond and epoxy group formation. Science 280, 915-918.

[5] Hatanaka, T., Shimizu, R., Hildebrand, D. (2004) Expression of a Stokesia laevis epoxygenase gene. Phytochemistry 65, 2189-2196.

[6] Jaworski, J., Cahoon, E. B. (2003) Industrial oils from transgenic plants. Current Opinion in Plant Biology 6, 178-184.

[7] Zhou, X.-R., Singh, S., Liu, Q., Green, A. (2006) Combined transgenic expression of Δ12- desaturase and Δ12- epoxygenase in high linoleic acid seeds leads to increased accumulation of vernolic acid. Functional Plant Biology 33, 585-592.
[8] Li, R., Yu, K., Hatanaka, T., Hildebrand, D. F. (2010) Vernonia DGATs increase accumulation of epoxy fatty acids in oil. Plant Biotechnology Journal 8,184-195.