交尾を終えたキイロショウジョウバエの雌は、雄の求愛を強く拒否するようになり産卵を始める。この行動の変化は交尾時に送り込まれる精子や精液により引き起こされる。したがって雄が自らの繁殖に有利となるよう雌の行動を操作していると考えられている。精液に含まれる多様な化合物の一つsex peptide (SP)は交尾後の行動変化に大きく寄与しており、未交尾雌の体内にSPを注射すると求愛拒否や産卵といった交尾後と同じような行動を示す[1]。どのように雄が雌の行動を操ることが可能になったのかを考えるため、近年明らかにされつつある雌の体内におけるSPの作用機構について紹介する。
SPの構造が確認されてから20年後の2008年、SPが特異的に結合するSP受容体の遺伝子(SPR)が同定された[2]。全神経系におけるSPRの発現を抑制すると交尾後にもかかわらず求愛の拒否や産卵をほとんど行わなくなった[2]。さらに局所的なSPRの発現抑制を行った実験により、特定の神経においてSPRがSPを受容することが交尾後の行動を変化させるスイッチであることが分かってきた[2,3,4]。
一方でSPR欠損体の未交尾雌においても、神経系特異的なSPの強制発現により求愛拒否や産卵が引き起こされることが報告された[5]。またSPRを持たない雌の血液-脳間膜の透過性を上昇させた場合にも交尾後の行動変化を見ることができた[5]。これらの結果はSPRの役割はSPが血液-脳間膜を通過してターゲットとなる神経に到達できるようにすることであり、ターゲットとなる神経にはSPR以外のSPの受容体も存在している可能性を示唆している。
SPはショウジョウバエの仲間にしか見られないのに対し、SPRのオーソログは系統的に離れた他の昆虫にも存在する[2]。あらゆるペプチドに対するSPRの感受性を調べるとmyoinhibitory peptide (MIP)がSPRの祖先的なリガンドであることが示唆された[6]。このことから雄の作り出すSPはMIP受容体をうまく利用することで雌の行動を変化させる機能を獲得したと考えられる[6,7]。しかしSPR以外にもSPの受容体として働く分子の存在が示唆されたため、SPが雌の行動を操作するに至るまでにどのような進化的イベントが生じてきたのかについて更なる解釈が加わることが期待される。
引用文献
1. Chen PS, Stumm-Zollinger E, Aigaki T, Balmer J, Bienz M, Bohlen P (1988) A male accessory gland peptide that regulates reproductive behavior of female D. melanogaster. Cell 54: 291-298
2. Yapici N, Kim YJ, Ribeiro C, Dickson BJ (2008) A receptor that mediates the post-mating switch in Drosophila reproductive behaviour. Nature 451: 33-37
3. Yang CH, Rumpf S, Xiang Y, Gordon MD, Song W, Jan LY, Jan YN (2009) Control of the postmating behavioral switch in Drosophila females by internal sensory neurons. Neuron 61: 519-526
4. Rezaval C, Pavlou HJ, Dornan AJ, Chan YB, Kravitz EA, Goodwin SF (2012) Neural circuitry underlying Drosophila female postmating behavioral responses. Current biology 22: 1155-1165
5. Haussmann IU, Hemani Y, Wijesekera T, Dauwaldwe B, Soller M (2013) Multiple pathways mediate the sex-peptide-regulated switch in female Drosophila reproductive behaviours. Proc. R. Soc. B doi:10.1098/rspb.2013.19381471-2954
6. Kim YJ, Bartalska K, Audsley N, Yamanaka N, Yapici N, Lee JY, Kim YC, Markovic M, Isaac E, Tanaka Y, Dickson BJ (2010) MIPs are ancestral ligands for the sex peptide receptor. Proc Natl Acad Sci U S A 107(14): 6520–6525
7. Isaac RE, Kim YJ, Audsley N (2014) The degradome and the evolution of Drosophila sex peptide as a ligand for the NIP receptor. Peptides 53: 258-264