昆虫の行動の決定において、嗅覚は重要な情報である。昆虫の主な嗅覚受容器官は触角で、触角から伸びた神経は嗅覚中枢である触角葉へと向かう。触角葉は糸球体と呼ばれる構造の集合体で、それぞれの糸球体は同タイプの受容体からの入力が集束し、情報処理の場になっている。糸球体の中でも、性フェロモンを処理する糸球体は、一般臭を処理する糸球体と比べて大きく、大糸球体と呼ばれる。性フェロモンは種認識に重要な役割を果たしており、選好性の変化は種分化につながる。
フェロモン選好性の変化にともない、大糸球体のサイズの変化がしている場合がある。カイコガ科の近縁種5種は、2つの顕著に拡大した大糸球体を有している。大糸球体のサイズを比較すると、2成分をフェロモンとして用いている2種は、2つの糸球体がほぼ同じサイズだが、1成分をフェロモンとして用いている3種は、片方の糸球体のサイズが拡大していた(1)。成分比の異なる同じ化合物をフェロモンとして利用している、タバコガHelicoverpa assultaとオオタバコガHelicoverpa armigeraの糸球体構造を比較すると、大糸球体の相対的な配置は同じだが、サイズが変化していた(2)。また、フェロモンではないが、ショウジョウバエの近縁種Drosophila secheliaでは寄主植物の匂いに対応する糸球体のサイズが拡大し、ショウジョウバエDrosophila melanogasterと匂いに対する選好性が変化していた(3)。
一方、大糸球体のサイズが変化せずに、フェロモン選好性が変化する場合もある。主成分は同じで副成分の異なるフェロモンを利用している、ニセアメリカタバコガHeliothis virescensとHeliothis subflexaは、糸球体構造が同じで、2種ともに最背側にある大糸球体で主成分が処理されるが、隣接する糸球体で処理される化合物が変化している(4)。ヨーロッパアワノメイガOstrinia nubilalisではフェロモン選好性に多型があり、それぞれ2成分が97:3、1:99の比率を選好するZ系統とE系統が存在する。2系統は組織学的に同一の糸球体構造を有するが、2成分の受容細胞の配線が入れ替わっており、成分を処理する領域が反対になっている(5,6)。ショウジョウバエのフェロモン処理機構では、受容細胞および投射神経の構造は雌雄で差異がないが、投射神経に接続する神経が雌雄で異なるため、フェロモンに対する行動が変化する(7)。
以上のように、フェロモン選好性の変化と糸球体構造の関係は多様である。フェロモン選好性の変化は種分化と深く関連しているため、フェロモン選好性の変化の仕組みについて研究が進むことで、進化のプロセスに対する理解が深まることが期待される。
<引用文献>
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