神経ペプチドは生体アミンやアミノ酸と同様に神経伝達物質として働き、動物の様々な行動を制御することが知られている。これまで、行動制御についての神経生物学的な知見は生体アミン類に焦点をあてたものが多かった。しかし近年、神経ペプチド類についても研究が盛んにおこなわれるようになり、神経ペプチドを介した行動制御のしくみが徐々に明らかになってきた。キイロショウジョウバエDrosophila melanogasterでは現在までに41個の神経ペプチド遺伝子が知られている。これらの神経ペプチドとその生理学的機能とは一対一の対応関係になく、1つの神経ペプチドが複数の生理活性・行動制御に関与している場合もあり、多種多様で複雑なものである。本セミナーでは、キイロショウジョウバエの神経ペプチドによる行動制御の一端を紹介する。
キイロショウジョウバエにおいて、神経ペプチド遺伝子を発現するニューロンのみを標識することが可能なGAL4/UAS系統をもちいたスクリーニングにより、神経ペプチド発現ニューロンと摂食行動と求愛行動、闘争性との関係が示唆された。たとえば、昆虫のアラタ体において幼若ホルモン合成を抑制するペプチドとして同定されたアラトスタチンは、キイロショウジョウバエにおいて3種類(アラトスタチンA,B,C)存在することが知られていた。このうち、アラトスタチンAは幼若ホルモンのインヒビターとしての役割だけでなく、成虫において満腹感をもたらし代謝を変化させることで、摂食行動を抑制していることがわかった(1)。また、バッタにおける体色の黒化やカイコ幼虫における吐糸の阻害に作用するコラゾニンは、キイロショウジョウバエにおいてセロトニン投射ニューロンを活性化することで精子および精液を増加させ、交尾継続時間を短縮させうることがわかった(2)。さらに、嗅覚受容や定位反応に影響をおよぼすとされていたタキキニンは(3、4)、FruM+ニューロンを介して、神経ペプチドFと同様に闘争行動を制御していることが明らかになった(5、6)。
このようにキイロショウジョウバエの多くの行動が神経ペプチドによって制御されている。これらの神経ペプチドは脊椎動物と無脊椎動物とでホモログ遺伝子が存在し、効果に類似性があることが分かっている(7)。加えて、神経ペプチドは同じ神経伝達物質の一種である生体アミンに比べ、生合成経路が単純である。そのため、ほ乳動物よりも世代期間が短く、行動アッセイもより簡便なキイロショウジョウバエをもちいた神経ペプチドに関する研究は、行動の神経制御基盤の理解を深めるのに役立つとともに、動物一般に広く応用可能で有用なものである。
<引用文献>
1. Tayler, T. D., Pachero, D. A., Hergarden, A. C., Murthy, M. and Anderson, D. J. (2012) A neuropeptide circuit that coorinates sperm transfer and copulation duration in Drosophila. Proceedings of the National Academy of Sciences. 109: 20697-20702.
2. Hergarden, A. C., Tayler, T. D. and Anderson, D. J. (2012) Allatostatin-A neurons inhibit feeding behavior in adult Drosophila. Proceedings of the National Academy of Sciences. 109: 3697-3972.
3. Winther, A. M. E., Acebes, A. and Ferrus, A. (2006) Tachykinin-related peptides modulate odor perception and locomotor activity in Drosophila. Molecular and Cellular Neuroscience. 31: 399-406.
4. Ignell, R., Root, A. M., Birse, R. T., Wang, J. W., Nassel, D. R. and Winther, A. M. E. (2009) Presynaptic peptidergic modulation of olfactory receptor neurons in Drosophila. Proceedings of the National Academy of Sciences. 106: 13070-13075.
5. Dierick, H. A. and Greenspan, R. J. (2007) Serotonin and neuropeptide F have opposite modulatory effects on fly aggression. Nature Genetics. 39:678-682.
6. Asahina, K., Watanabe, K., Duistermars, B. J., Hoopfer, E., Gonzalez, C. R., Eyjolfsdottir, E. A., Perona, P. and Anderson, D. J. (2014) Tachykinin-expressing neurons control male-specific aggressive arousal in Drosophila. Cell. 156: 221-235.
7. Coccaro, E. F., Lee, R., Owens, M. J., Kinkead, B. and Nemeroff., C. B. (2012) Cerebrospinal fluid substance P-like immunoreactivity correlates with aggression in personality disordered subjects. Biological Psychiatry. 72: 238-243.