キイロショウジョウバエの闘争性とその遺伝的基盤 修士1年 工藤 愛弓

キイロショウジョウバエの闘争性とその遺伝的基盤 修士1年 工藤 愛弓

闘争はさまざまな動物種に共通してみられる行動であり、闘争を制御する遺伝的な基盤も多くの動物種間で類似性がある。キイロショウジョバエDrosophila melanogasterにおいては、闘争性の異なる系統の選抜と遺伝子発現の大規模解析技術によって、闘争行動の遺伝的基盤についての研究が進められてきた。これまでの研究には、①単一遺伝子が闘争性を変化させるとするものと②複数の遺伝子が協調して闘争性を変化させるとするものの2通りの考えかたがある。本セミナーではこれらの2つの視点から研究されてきた遺伝子やその発現と闘争性との関係について紹介する。

選抜により闘争性を増加させた系統と選抜していない系統をマイクロアレイをもちいて比較すると、フェロモンの分解酵素の遺伝子や神経の発達、記憶にかかわる遺伝子の発現量に差がみられた(1、2、3、5)。EMSやP因子挿入による突然変異とスクリーニングにより選び出された遺伝子の突然変異体では、闘争性に優位な差がみられた(1、2、3、4)。

このように単一遺伝子によって闘争性が変化するという研究例がある一方、複数の遺伝子座間のエピスタシスによって闘争性が変化するという研究例もある。P因子挿入系統の中から闘争性に差があるものを選びだした。これらをかけ合わせると特定の組み合わせにおいて、P因子挿入点の近傍の遺伝子の発現量が変化し、闘争性に有意な差が生じた(6)。別の研究例では、2つの異なる野生型系統をもちいてQTL解析をおこなったところ、第2染色体と第3染色体上にある遺伝子座間で闘争性に関するエピスタシスが検出された(7)。これらの結果からは、闘争性の違いが複数遺伝子座間のエピスタシスによる発現量の差に起因することが示唆される。

以上のようにキイロショウジョウバエにおける闘争性には、①単一遺伝子によって変化する場合と②複数の遺伝子座間のエピスタシスによって変化する場合という2種類の異なる研究例があった。これらは相反するかのようであるが、単一遺伝子の発現が闘争性を制御しているようであっても、実際にはその下流ではたらく複数の遺伝子群によって闘争性が制御されることもあるだろう。また複数の遺伝子が関与しているようにみえていても、実際にはその一部しか闘争性に影響を与えていない可能性もある。今後、闘争行動の遺伝的基盤については、これら双方の観点をふまえて研究をおこなう必要があるだろう。

〈引用文献〉
1. Dierick, H. A. and R. J. Greenspan (2006) Molecular analysis of flies selected for aggressive behavior. Nature genetics. 38: 1023-1031.
2. Wang, L., H. Dankert, P. Perona and D. J. Anderson (2008) A common genetic target for environmental and heritable influences on aggressiveness in Drosophila. Proceedings of the National Academy of Sciences. 105: 5657-5663.
3. Edwards, A. C., L. Zwarts, A. Yamamoto, P. Callaerts and T. F. C. Mackay (2009) Mutations in many genes affect aggressive behavior in Drosophila melanogaster. BMC Biology. 7-29.
4. Ueda, A. and C-F. Wu (2009) Effects of social isolation on neuromuscular excitability and aggressive behaviors in Drosophila: altered responses by Hk and gsts1, two mutations implicated in redox regulation. Journal of Neurogenetics. 23: 378-394.
5. Edwards, A. C., S. M. Rollmann, T. J. Morgan and T. F. C. Mackay (2006) Quantitative genomics of aggressive behavior in Drosophila melanogaster. PLoS Genetics. 2: 1386-1395.
6. Zwarts, L., M. M. Magwire, M. A. Carbone, M. Versteven, L. Herteleer, R. R. H. Anholt, P, Callaerts and T. F. C. Mackey (2011) Complex genetic architecture of Drosophila aggressive behavior. Proceedings of the National Academy of Sciences. 108;17070-17075.
7. Edwards, A. C and T. F. C. Mackay (2009) Quantitative trait loci for aggressive behavior in Drosophila melanogaster. Genetics. 182: 889-897.