変態時の脂肪体崩壊に関与するカテプシンB D3 長峯啓佑

変態時の脂肪体崩壊に関与するカテプシンB D3 長峯啓佑

完全変態昆虫であるセンチニクバエSarcophaga peregrinaでは、変態に伴い幼虫脂肪体が個々の脂肪体細胞へと崩壊する。この過程には蛹体液細胞による脂肪体基底膜の分解が必要である(1)。基底膜はタンパク質で構成されているため、幼虫脂肪体の崩壊には何らかのプロテイナーゼが関与していると考えられる。そこで、プロテイナーゼ阻害剤を用いたin vitroにおける幼虫脂肪体崩壊の再現実験が行われた(2)。その結果、(セリン系プロテイナーゼの一種である)キモトリプシンの阻害剤、キモスタチンによって幼虫脂肪体の崩壊は強く抑制された。また、数種のプロテイナーゼを幼虫脂肪体とともに培養したところ、キモトリプシンでのみ幼虫脂肪体の崩壊が再現された。これらのことから、幼虫脂肪体の崩壊にはキモトリプシン様プロテイナーゼが関与していることが示唆された。
蛹体液細胞中からキモトリプシン様プロテイナーゼ活性を持つタンパク質の単離が試みられ、2ステップのFPLCにより29kDaのプロテイナーゼが精製された(3)。基質特異性を調べたところ、キモトリプシンとカテプシンBの基質となるペプチドに対して活性が見られた。また、数種のプロテイナーゼ阻害剤による活性試験から、システインプロテイナーゼであることが示唆された。さらに、このプロテイナーゼのcDNA配列が解読され、そこから推定されたアミノ酸配列は哺乳類のカテプシンBのそれと高い相同性を示した(4)。これらのことから蛹体液細胞から抽出された29kDaプロテアーゼはニクバエカテプシンB(以下、カテプシンBと呼ぶ)と命名された。
カテプシンBを抗原とする抗体が作成され、蛹体液細胞をこの抗体で処理すると幼虫脂肪体の崩壊が阻害された。また、精製したカテプシンB単体で幼虫脂肪体の崩壊を再現できた。これらのことからカテプシンBが幼虫脂肪体の崩壊に関与していることが証明された(5)。さらに、カテプシンBは蛹期になると体液細胞に局所的に発現し、脂肪体との相互作用により細胞外へ分泌されることが示された。
カテプシンBが蛹期の体液細胞でのみ発現するのは、どのような制御によるものなのか?カテプシンBタンパク質は蛹期のみ存在するのに対して、mRNAは幼虫期から蛹期を通して発現していたことから、カテプシンBは翻訳レベルでの制御を受けていることが示唆された(6)。この翻訳制御の作用点を特定するため、無細胞翻訳系でUTRを欠損した変異mRNAコンストラクトの翻訳効率を測定した。その結果。3′-UTRが翻訳制御の作用点であることが示された。さらに、この制御は体液細胞に存在する何らかの結合タンパク質(CBBP)が3’-UTRに作用していることがゲルシフトアッセイによって示唆された。また、CBBPの結合は幼虫期にのみ見られることから、CBBPがカテプシンB mRNAの3’-UTRに結合することで翻訳を抑制していることが示唆された。精製されたCBBPに対して抗体が作成され、各ステージの発現を測定したところ、CBBPは蛹期だけではなく幼虫期にも発現していることが分かった(7)。しかしながら、幼虫体液細胞磨砕物の存在下ではCBBPと3′-UTRの結合が見られるのに対し、蛹体液細胞磨砕物の存在下では結合が阻害されことが示された。このことから、蛹体液細胞内にはCBBPと3′-UTRの結合を阻害する補因子が存在し、その補因子がカテプシンBの翻訳制御のカギとなっていることが示唆された。
カテプシンBの機能をin vivoで確認するため、RNAi法によりカテプシンB mRNAの蛹期での発現抑制が試みられたが、mRNA発現量が抑制されなかったため結果は不明であった(8)。
カテプシンBの変態における機能はどれほどの一般性を持っているのだろうか?ニクバエの他にもカイコガBombyx moriの変態に伴う絹糸腺の溶解にもカテプシンB様のプロテアーゼが関与していることが示唆されている。他の昆虫の他の組織の再構成にも機能しているのかどうかが気になる・・・。

引用文献
1. S. Kurata, H. Komano, S. Natori (1989) Dissociation of Sarcophaga peregrina(flesh fly) fat body by pupal haemocytes in vitro. Journal of insect physiology 35, 559-565.

2. S. Kurata, H. Saito, S. Natori (1990) Participation of hemocyte proteinase in dissociation of the fat body on pupation of Sarcophaga peregrina (flesh fly). Insect biochemistry 20, 461-465.

3. S. KURATA, H. SAITO, S. NATORI (1992) Purification of a 29‐kDa hemocyte proteinase of Sarcophaga peregrina. European journal of Biochemistry 204, 911-914.

4. S. Kurata, H. Saito, S. Natori (1992) The 29-kDa hemocyte proteinase dissociates fat body at metamorphosis of Sarcophaga. Developmental biology 153, 115-121.

5. N. Takahashi, S. Kurata, S. Natori (1993) Molecular cloning of cDNA for the 29 kDa proteinase participating in decomposition of the larval fat body during metamorphosis of Sarcophaga peregrina (flesh fly). FEBS letters 334, 153-157.

6. T. Yano, N. Takahashi, S. Kurata, S. Natori (1995) Regulation of the expression of cathepsin B in Sarcophaga peregrina (flesh fly) at the translational level during metamorphosis. Biochemistry 234, 39-43.

7. T. Yano, A. Kobayashi, S. Kurata, S. Natori (1997) Purification and Characterization of Cathepsin B mRNA 3′‐Untranslated‐Region‐Binding Protein (CBBP), A Protein that Represses Cathepsin B mRNA Translation. European Journal of Biochemistry 245, 260-265.

8. T. Nishikawa, S. Natori (2001) Targeted disruption of a pupal hemocyte protein of Sarcophaga by RNA interference. European Journal of Biochemistry 268, 5295-5299.