完全変態昆虫では幼虫から蛹を経て成虫にかけて劇的な形態変化が見られる。この変化は変態と呼ばれ、栄養を蓄え体を大きくする幼虫から、広範囲を移動して繁殖活動を行う成虫へと、環境に適応して形態や行動が変化する。変態に伴う形態変化は一見しただけでわかる外部形態にとどまらず、形態や行動を支持するための内部形態にまで及ぶ。こうした劇的な形態変化は多くの人々の関心を集め、古くからメカニズムの解明が試みられてきた。今回のセミナーではセンチニクバエSarcophaga peregrinaにおいて変態時に特異的にはたらく120kDaタンパク質についての一連の研究を紹介する。
センチニクバエの脂肪体は、幼虫期においては基底膜に囲まれているが、蛹期に基底膜が分解されいったん個々の細胞に崩壊したのち、成虫脂肪体に再構成される(1)(2)。この分子メカニズムを明らかにするため、脂肪体の崩壊をin vitroで再現する実験が行われた。その結果、幼虫脂肪体を蛹期の体液細胞と共に培養すると脂肪体の崩壊が再現できることが示された。一方、幼虫体液細胞と共に培養しても脂肪体の崩壊は見られなかった。このことは蛹の体液細胞だけが脂肪体を崩壊させる作用を持つことを意味している(3)。
そこで、蛹体液細胞に特異的に存在するタンパク質を探索するため、蛹体液細胞に特異的な抗体が作成された(4)。まずニクバエの蛹体液細胞をマウスに投与してB細胞を回収、ハイブリドーマを作成して複数のモノクローナル抗体を生成したのち、その中から幼虫体液細胞とは反応しないものを回収して、蛹体液細胞特異的な抗体が4つ得られた。この4つのモノクローナル抗体のいずれもが、蛹体液細胞に存在する120kDaのタンパクを抗原としていた。この120kDaタンパクは体液細胞の中でも貪食作用を持つ顆粒細胞でのみ発現しており、3齢幼虫では発現せず、蛹期特異的に発現していることが確認された(4)。この120kDaタンパクを精製し、ペプチド配列を元に完全長cDNAをクローニングしたところ、細胞外に露出する膜タンパク質であると推測された(5)。
この120kDaタンパクの機能を明らかにするため、蛹体液細胞に抗120kDaタンパク抗体を反応させて120kDaタンパクを不活化すると、体液細胞へのアセチル化LDL (AcLDL) の取り込み効率が低下することが分かった(5)。さらにRNAi法(幼虫にinjection)により120kDaタンパクをノックダウンした前蛹期の体液細胞では、AcLDLの取り込み効率が3齢幼虫の体液細胞並みに低下した。このことは120kDaタンパクがscavenger receptorとしての機能を持つことを示唆している(7)。scavenger receptorは哺乳類の貪食細胞であるマクロファージなどにおいて、変性したLDLを始めとする血中の廃棄物を貪食細胞内に取り込む際に機能することが知られている。よって脂肪体の崩壊に関わるという当初の予想とは異なり、このタンパク質は変態時の組織再構成において崩壊した幼虫組織の回収に機能しているものと考えられる(6)。
引用文献
1. Hoshizaki, D.K. (2005) Section9 in: Comprehensive Molecular Insect Science. Vol.2.
2. Whitten, J.M. (1964) Haemocytes and the metamorphosing tissues in Sarcophaga bullata, Drosophila melanogaster, and other cyclorrhaphous diptera. J. Insect Physiol. 10, 447-469.
3. Kurata, S., Komano, H. & Natori, S. (1989) Dissociation of Sarcophaga peregrina (flesh fly) fat body by pupal haemocytes in vitro. J. Insect Physiol. 35, 559-565.
4. Hori, S., Kobayashi, A. & Natori, S. (1997) Monoclonal antibodies against pupa-specific surface anitigens of Sarcophaga peregrina (flesh fly) hemocytes. Biochem. Biophys. Res. Commun. 236, 497-501.
5. Hori, S., Kobayashi, A. & Natori, S. (2000) A novel hemocytespecific membrane protein of Sarcophaga (flesh fly). Eur. J. Biochem. 267, 5397-5403.
6. Natori, H., Shiraishi, H., Hori, S. and Kobayashi, A. (1999) The roles of Sarcophaga defense molecules in immunity and metamorphosis. Dev. Comp. Immunol. 23, 317-328.
7. Nishikawa, T. and Natori, H. (2001) Targeted disruption of a pupal hemocyte protein of Sarcophaga by RNA interference. Eur. J. Biochem. 268, 5295-5299.