昆虫やクモ類のメスの交尾受容性は様々な要因によって変動する。有性生殖を行う動物にとって、交尾は自身の遺伝子を後世に遺すために必須の行動である。しかし、メスにとって交尾はオスとの相互作用によって生じる時間的、あるいはエネルギー的なコストや外敵に襲われる危険を伴う(1)(2)ため、オスと出会った際に必ず交尾を受容するというわけではない。交尾受容性は外敵や同種他個体との相互作用だけでなくメス自身の状態によっても変化することがあり、空腹状態もその一因であるという見方が示されている(1)(4)。今回のセミナーでは、メスに対する短期間の絶食処理が交尾受容性にどのような変化をもたらすかについて検証した論文を紹介する。
Kunz、Moskalk、Watsonらは、クモ類(徘徊性, 造網性の両者を含む全4種)について、メスを十分に摂餌させたグループと短期間餌の量を制限あるいは絶食させたグループに分け、オスとペアリングした際の交尾率を測定した。この結果、空腹の状態にあるメスでは交尾率が低下した(3)(6)(7)。同様に、Roweらによるヒメアメンボを用いた実験でも、同じく空腹状態のメスは交尾受容性が低下した(1)(5)。これらの結果について著者らは、クモ類やヒメアメンボでは採餌行動と交尾行動はトレードオフの関係にあると考え、空腹状態のメスは交尾よりも採餌行動を優先するのではないかと説明している(1)(6)。
しかしながら、Roweらによるナミアメンボを用いた実験では、先に挙げた例とは逆に、空腹状態のメスの方がかえって交尾受容性が上昇した。この結果については、メスがオスのハラスメントを拒否してまで採餌にエネルギーを割くことが、かえってコストの増大を招いてしまうような生態的な理由があるためだと説明している(2)。また、Tigrerosらによるマメコガネを用いた実験では、体のサイズが大きなメスは空腹状態で交尾率が低下したが、体の小さなメスでは空腹時の方が交尾率は高くなった。著者は、マメコガネの交尾受容性には成虫の体サイズ(すなわち幼虫時代の栄養状態)が強く影響し、短期間の空腹状態はさほど関係しないと考察している(4)。
今回紹介した論文では、その多くで採餌と交尾受容はトレードオフの関係となっている可能性が説明されていた(1)(3)(5)(6)(7)。ただし、種の生態によっては例外的に空腹時の方がむしろ交尾受容性が高まる場合もある(2)ことに注意が必要である。また、実験の大半が肉食性の材料を用いて実施されたことは注目すべき点であると思われる。狩猟を行わない食植性の昆虫は、肉食性昆虫と比較して採餌行動にかかるコストが低いと考えられ、そのため採餌行動が交尾受容性の変動に及ぼす影響は肉食昆虫の場合と異なっている可能性がある。食植性昆虫を用いた絶食と交尾受容性の関係については十分な実験が行われていないため、今後の検証は有益であると考えられる。
1. Locke Rowe,“Convenience polyandry in a water strider : foraging conflicts and female control of copulation frequency and guarding duration”, Animal Behavior, vol.44, part 2, pp. 189-202, Sep. 1991
2. Locke Rowe, James J. Krupa, and Andrew Sih,“An experimental test of condition-dependent mating behavior and habitat choice by water striders in the wild”, Behavioral Ecology, vol.7, no.4, pp. 474-479, Dec. 1995
3. Katrin Kunz and Gabriele Uhl,“Short-term nutritional limitation affects mating behaviour and reproductive output in dwarf spiders”, Ethology, vol.121, no.9, pp.874-881, May. 2015
4. N. Tigreros and P.V. Switzer, “Effects of food deprivation, body size, and egg load on the mating behavior of female Japanese beetles, Popillia japonica Newman (Coleoptera Scarabaeidae)”, Ethology Ecology and Evolution, vol. 20, no. 2 pp. 89-99, Mar.2008
5. Amaya Ortigosa, Locke Rowe, “The effect of hunger on mating behaviour and sexual selection for male body size in Gerris buenoi”, Department of Zoology, vol.64, pp. 369-375, Jan. 2002
6. Moskalik, Brian, Uetz, George W., “Female hunger state affects mate choice of a sexually selected trait in a wolf spider”, Animal Behavior, vol. 81, no.4, pp. 715-722, Dec. 2010
7. Paul J. Watson, “Foraging advantage of polyandry for female sierra dome spiders (Liniphia litigiosa : Liniphidae) and assessment of alternative direct benefit hypothesis”, The America Naturalist, vol. 141, no. 3, pp. 440-465, Apr. 1992