性選択において、メス側がオスの形質を選ぶことはよく知られているが、反対にオスがメスの形質を選り好みする場合があることも明らかになってきた。なかでも体サイズは繁殖能力をよく反映していると考えられ、実際に大きなメスの方がオスに好まれる結果を得たとする研究例が数多く存在する。しかし、真に正しい理解に至るためにはそれらの実験結果を注意深く検討することが大切である。今回のセミナーでは、「キイロショウジョウバエのオスは大きなメスを好むのか」という問題を例にとり、オスの選り好みの実態について考察する。
EdwardとChapmanは、オスに選ばれたメスが選ばれなかった方のメスに比べて多くの子孫を残すことを示した [1]。この結果は、キイロショウジョウバエにおいてもオスの選り好みが存在し、それが適応的に働いていることを示している。Longらが“ふるい”を用いて大きなオスと小さなメスを分けたところ、大きなメスほどオスから長く求愛された [2]。また、ByrneとRiceは幼虫期の密度を調節してサイズの異なるメスを作り出し、大きなメスが交尾相手として選ばれやすいことを報告した [3]。これらの結果は、予想通りオスがメスを体サイズで選り好みしており、大きいメスが好まれることを示している。
ところが、EdwardとChapmanが[3]と同様の実験を別の系統を用いて追試したところ、むしろ小さいメスの方がオスに好まれる結果となり [4]、遺伝的な背景によってオスの選り好みは変わりうることが示された。また、Balaban-FeldとValone [5]によれば、小さいメスと過ごした経験を持つオスは小さいメスを好む傾向があり、社会経験も影響していることが示唆される。このようにオスの好みはオス自身の諸要因に左右され、「大きなメスが好まれる」という普遍的な傾向は存在しないことになる。
また、Balaban-FeldとValoneがメスの行動の影響を排除するために断頭処理を施したところ、求愛時間, 交尾時間などにはオス個体ごとの一貫性があったにもかかわらず、メス体サイズへのオスの選り好みには一貫性が見られなかった [6]。この結果は、体サイズ以外にもオスの好みに影響を与えるメス側の要因が存在することを示している。実際に、Nandyらが体サイズに加えてメスの日齢も操作した実験を行ったところ、若く・大きいメスが好まれる結果を得たが、体サイズに対する選り好みは日齢に対するそれよりもずっと小さかった [7]。したがって、オスの選り好みが存在するとしても、メスの体サイズではなく、他の要素が果たす役割の方が大きいといえる。
改めて「大きなメスが好まれる」とした研究 [3]の結果を批判的に検討してみると、有意ではないものの交尾受容性は大きなメスの方が高かったり (必然的に大きなメスの交尾率が高くなる)、一回目の実験では十分な結果が得られず再実験を行ったりしており、顕著な選り好みがあったとは必ずしも言えない状況である。したがって、仮にキイロショウジョウバエのオスがメスを選り好みしているとしても、体サイズについて普遍的な好みはないと考えた方が妥当であろう。他の昆虫においても、オスの選り好みに肯定的な報告の方が目立ちやすいが、その結果は注意深く読み解く必要がある。
Reference
[1] Edward, D. A. and Chapman, T. (2012) ‘Measuring the Fitness Benefits of Male Mate Choice in Drosophila melanogaster’, Evolution, 66(8), pp. 2646–2653.
[2] Long, T. A. F. et al. (2009) ‘A Cost of Sexual Attractiveness to High-Fitness Females’, PLoS Biology, 7(12), p. e1000254.
[3] Byrne, P. G. and Rice, W. R. (2006) ‘Evidence for adaptive male mate choice in the fruit fly Drosophila melanogaster’, Proceedings of the Royal Society B, 273(1589), pp. 917–922.
[4] Edward, D. A. and Chapman, T. (2013) ‘Variation in Male Mate Choice in Drosophila melanogaster’, PLoS ONE, 8(2), p. e56299.
[5] Balaban-Feld, J. and Valone, T. J. (2017) ‘Prior information and social experience influence male reproductive decisions’, Behavioral Ecology, 28(5), pp. 1376–1383.
[6] Balaban-Feld, J. and Valone, T. J. (2017) ‘Identifying individual male reproductive consistency in Drosophila melanogaster : The importance of controlling female behaviour’, Behavioural Processes, 142, pp. 84–90.
[7] Nandy, B. et al. (2012) ‘Degree of adaptive male mate choice is positively correlated with female quality variance’, Scientific Reports, 2(1), p. 447.