昆虫以外の節足動物におけるボルバキアに関連するメス化現象 修士課程2年 藤次一嘉

昆虫以外の節足動物におけるボルバキアに関連するメス化現象 修士課程2年 藤次一嘉

細胞内共生細菌であるボルバキア(Wolbachia)は昆虫に感染して宿主の生殖を利己的に操作することで、その感染を拡大していることが知られている。その操作の様式として、1)ボルバキア感染のオスが選択的に致死となる「オス殺し」、2)ボルバキア感染のオス個体がオスの遺伝子型を持ったまま、完全なメスの表現型を持つ「メス化」、3)ボルバキア感染のメスがオスを必要とせず、次世代を残すようになる「単為生殖誘導」、4)ボルバキア感染オスと非感染メスとの交配で生まれた卵が発生しない「細胞質不和合」が知られている(1)。本ゼミナールでは、ここに述べた4つの生殖操作のうち昆虫以外の節足動物においてボルバキアが引き起こす「メス化」に関する知見を紹介する。

現在では、ボルバキアは昆虫に感染してメス化現象を引き起こす細胞内共生細菌として有名だが、ボルバキアは昆虫以外の節足動物にも感染して遺伝的オスをメス化することが知られている。ボルバキアに感染したダンゴムシ(Armadillidium vulgare)がメス化する現象はボルバキアに感染した昆虫がメス化する現象が見つかる以前から知られており、研究の歴史も長い(2)。ボルバキアに感染したダンゴムシの若いメスを30℃の高温状態で飼育すると、徐々にオスの表現型を示すようになった(3、4)。このことから、昆虫に寄生するボルバキアと同様にダンゴムシに寄生するボルバキアも高温状態に極めて弱いという性質を有することがわかる。ボルバキア以外にもダンゴムシには非細菌性のメス化因子(f因子)が存在し、f因子はボルバキアと同様に遺伝的オスのダンゴムシをメス化することができる(5)。f因子はボルバキアのゲノム由来の遺伝子であり、宿主であるダンゴムシのゲノムに組み込まれたと考えられている(6)。さらに、自然界のダンゴムシではボルバキアによるメス化現象や先に述べたf因子の伝染を妨げる機構が見つかっている(7、8)。

ダンゴムシのオスは造雄腺で作られる性ホルモンが全身に伝達されることで個体全体の性を決定していることが知られており(9、10)、造雄腺から性ホルモンが分泌されなくなると遺伝的オスのダンゴムシはメスの形質を持つようになる。ボルバキアは遺伝的オスの性ホルモン分泌を阻害することでメス化現象を引起していると考えられている。昆虫の性別は個別の細胞で自律的に決まるが、昆虫以外の節足動物では特定器官で性ホルモンが作られ全身に伝達されることで個体全体の性を決定している種が多い。このように、性決定のメカニズムは昆虫と昆虫以外の節足動物では大きく異なっており、個別の細胞ごとに自律的に決定される性決定様式を持つ昆虫をメス化することはホルモンによる性決定様式を持つ昆虫以外の節足動物の遺伝的オスをメス化するのに比べて困難であると考えられていたため、キチョウ属(Eurema)においてメス化現象が発見されるまでボルバキアは昆虫をメス化する能力はないと考えられていた(3)。ボルバキアが、昆虫と昆虫以外の動物に対してメス化現象を引き起こしているという事実は、ボルバキアは性決定カスケードのさまざまなステップをターゲットとし
ている可能性を示唆しており、興味深い。

参考文献

1. Werren, J.H.; Baldo, L.; Clark, M.E. Wolbachia: Master manipulators of invertebrate biology. Nat. Rev. Microbiol. 2008, 6, 741-751.
2. Legrand, J.J.; Legrand-Hamelin, E.; Juchault, P. Sex determination in Crustacea. Biol. Rev. 1987, 62, 439-470.
3. Rigaud, T. Inherited microorganisms and sex determination of arthropod hosts. In Influential Passengers; O’Neill, S.L., Hoffmann, A.A., Werren, J.H., Eds.; Oxford University Press: Oxford, UK, 1997; pp. 81-101.
4. Rigaud, T.; Juchault, P.; Mocquard, J.P. Experimental study of temperature effects on the sex ratio of broods in terrestrial Crustacea Armadillidium vulgare Latr. Possible implications in natural populations. J. Evol. Biol. 1991, 4, 603-617.
5. Juchault, P.; Mocquard, J.P. Transfer of a parasitic sex factor to the nuclear genome of the host: A hypothesis on the evolution of sex-determining mechanisms in the terrestrial Isopod Armadillidium vulgare Latr. J. Evol. Biol. 1993, 6, 511-528.
6. Thierry, R.; Juchault, P.; Mocquard, J.P. The evolution of sex determination in isopod crustaceans. BioEssays 1997, 19, 409-416.
7. Rigaud, T.; Juchault, P. Genetic control of the vertical transmission of a cytoplasmic sex factor in Armadillidium vulgare Latr. (Crustacea, Oniscidea). Heredity 1992, 68, 47-52.
8. Rigaud, T.; Juchault, P. Conflict between feminizing sex ratio distorters and an autosomal masculinizing gene in the terrestrial isopod Armadillidium vulgare Latr. Genetics 1993, 133, 247-252.
9. Martin, G.; Sorokine, O.; Moniatte, M.; Bulet, P.; Hetru, C.; Van Dorsselaer, A. The structure of a glycosylated protein hormone responsible for sex determination in the isopod, Armadillidium vulgare. Eur. J. Biochem. 1999, 262, 727-736.
10. Okuno, A.; Hasegawa, Y.; Ohira, T.; Katakura, Y.; Nagasawa, H. Characterization and cDNA cloning of androgenic gland hormone of the terrestrial isopod Armadillidium vulgare. Biochem. Biophys. Res. Comm. 1999, 264, 419-423.