動物界で昆虫が繁栄できた理由の一つは、彼ら生存と繁殖のための重要な生理システム:精密な嗅覚受容系に起因するメガニズムを獲得したためである。昆虫の嗅覚は、周囲の情報化学物質の受信をはじめ、嗅覚情報処理の一次中枢である触角葉でこれらの化学信号を処理し、更に脳で統合され、最終的にこれらの嗅覚信号が処理され、行動が解発される。昆虫の匂い物質の受容に関わる主なタンパク質は匂い結合タンパク質(odorant-binding protein,OBP)、匂い分解酵素(odorant-degrading enzyme,ODE)、嗅覚受容体(odorant receptor,OR)、イオンチャンネル型ダルタミン酸受容体(ionotropic receptor,IR)及び感覚ニューロン膜タンパク質(sensory neuron membrane protein,SNMP)が知られている。一般に、匂い分子は触角上の嗅覚感覚子のクチクラへの吸着、拡散を経て、嗅孔を通り感覚子内部へと入る。感覚子内はリンパ液(感覚子リンパ)で満たされているため、揮発性で水に溶けにくいフェロモンや匂い分子は、感覚子リンパ中に高濃度で存在するフェロモン結合タンパク質(PBP)または匂い結合タンパク質(OBP)と結合することで可溶化され、樹状突起膜上に発現する嗅覚受容体へと移行すると考えられている(1)。
昆虫のこのような緻密な嗅覚システムは、微量な匂い物質を選択的に検出する段階、情報伝達及び処理の段階、受容体に結合した匂い分子を急速に不活化する段階に分解できる(1)。
このセミナーでは、昆虫の性フェロモン信号の中断から崩壊に関わる多様なフェロモン分解酵素(PDE)について紹介する。
性フェロモンは、成熟して交尾が可能なことを同種のオス個体に知らせるため、メスが体内で生産し、体外へ分泌する揮発性低分子化合物である。効果的にフェロモンを利用してcallingメスへ定位するには、オスは同種フェロモンを正確に検出だけでなく、メッセージが伝達した後、フェロモンによる化学信号を急速に不活化する必要もある(2)。
最初に特定されたPDEはヤママユガ(Antheraea polyphemus)の触角で特異的に発現した感覚子エステラーゼで、当種の性フェロモン成分のアセテートを分解することが証明され(3)、ApolPDEと名付けた(2)。動力学分析によって、ヤママユガの感覚子から単離されたエステラーゼ(3)及び組み換え酵素遺伝子(2)は当種の性フェロモン主成分であるE6Z11-16:Oacを迅速に分解することが示された。他の例として、エステルを性フェロモン成分として利用しているSpodoptera littoralis(4)とマメコガネ(Popillia japonica)(5)の触角エステラーゼがフェロモン信号を不活化することも報告されている。
PDEがフェロモン信号の不活化に関与することがもっとも証明されている例はエステラーゼであるが(2,3,4,5)、アセテート(エステル)のほかに、昆虫が利用している性フェロモンは、脂肪酸由来の直鎖アルコールとアルデヒド、不飽和炭化水素、エポキシドなどが含まれている(1)。in vitroの実験によって、フェロモンはaldehyde oxidases(6,7)、glutathione-S-transferases(8)、cytochrome P450(9)など様々な酵素により分解されることが実証された。
フェロモンは昆虫が受容する匂い物質の一種で、PDEが速いスピードでフェロモン成分を分解する特徴が既に報告されている(2)。PDE以外の匂い分解酵素(ODE)はどうであろう?例えば、Spodoptera littoralisで性フェロモン成分と植物からの揮発性成分は同じ分解酵素(エステラーゼ)により分解されている(4)。一方、昆虫で解毒、代謝に専門化したと考えられるP450が昆虫の生理活性物質の合成(10)と分解(9)両方で役割を果たしているところも興味深い。
このセミナーでは、ODEとPDEの特徴と関係、反応のメガニズムについて議論したい。
(1) Walter S. Leal. 2013. Odorant Reception in Insects:Roles of Receptors,Binding Proteins, and Degrading Enzymes. Annu. Rev. Entomol.58:373–91
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(5) Ishida Y, Leal WS. 2008. Chiral discrimination of the Japanese beetle sex pheromone and a behavioral antagonist by a pheromone-degrading enzyme. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105:9076–80
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(8) Rogers, M.E., Jani, M.K., Vogt, R.G., 1999. An olfactory specific glutathione S-transferase in the sphinx moth Manduca sexta. J. Exp. Biol. 202, 1625–1637
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(10) C. Helvig, J. F. Koener, G. C. Unnithan, and R. Feyereisen.2004. CYP15A1, the cytochrome P450 that catalyzes epoxidation of methyl farnesoate to juvenile hormone III in cockroach corpora allata. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101:4024-29