Broad-Complexによる昆虫変態期における遺伝子発現の制御の実態 -クチクラタンパク質を例に- D3 長峯啓佑

Broad-Complexによる昆虫変態期における遺伝子発現の制御の実態 -クチクラタンパク質を例に- D3 長峯啓佑

完全変態昆虫の変態は脱皮ホルモン(20E)の体内濃度推移によって制御を受けている。終齢幼虫体内で20E濃度が上昇すると、Broad-Complex(BR)を含む複数の転写因子が発現し、さらに下流のタンパク質群の転写を誘導すると考えられている。これら下流のタンパク質群の発現様式は多様である。どのような分子メカニズムによってこの多様性が生み出されているのだろうか。また、そこに共通原理は存在するのだろうか。成虫の体を形成するクチクラタンパク質群を例に検証する。
クチクラは昆虫の外骨格を構成する物質でタンパク質を主成分としており、200以上のクチクラタンパク質遺伝子がゲノム上に存在している。これらのクチクラタンパク質が適切な時期・部位で発現することが、正しい成虫の体を構築するために必要である。蛹化期の翅原基のcDNAライブラリから、BMWCP1-9の9つの異なるクチクラタンパク遺伝子が同定された。これらのクチクラタンパク遺伝子の発現様式は1)蛹化初期にのみ発現するもの、および2)蛹化初期と蛹中期で発現するものの2つのタイプに分けられた(1)。このような違いはどのような発現制御メカニズムにより作り出されているのだろうか?二山ピークを示すBMWCP5の発現パターンを作り出す転写因子を知るため、BMWCP5の上流領域をレポーターアッセイ
によって分析した。その結果、βFTZ-F1 binding siteを特定した。また、20E応答性因子であるBR-Z4のbinding siteも特定されたことから、BMWCP5の転写はβFTZ-F1による制御に加えて、BR-Z4によるステージ特異的な促進を受けていることが示唆された(2)。一方、BmorCPG11は一山ピークの発現パターンを示す。発現パターンの比較やレポーターアッセイの結果から、BmorCPG11とはBR-Z2によって制御されていることが示唆された(3)。
さらに別のクチクラタンパク遺伝子BMWCP10においても、ゲルシフトアッセイ(EMSA)およびレポーターアッセイによって発現制御へのBR-Z2の関与が示唆された(4)(5)。その一方で、BMWCP10転写の誘導はタンパク質合成阻害剤であるシクロヘキサミドにより部分的にしか阻害されなかった。完全に阻害されなかったのはタンパク質合成を介さない制御が存在していることを示唆しており、20Eが直接的に制御しているとの仮説が検証された。EMSAと競合的検定、およびレポーターアッセイによって、20Eが直接BMWCP10プロモーターを活性化することが示された。つまり、BMWCP10は20Eによって直接的にも間接的にも制御を受けていることが明らかとなった。(6)
昆虫のクチクラは体の部位によって異なる性質を持つ。したがって、部位によって発現するクチクラタンパク質も異なっており、同一のクチクラタンパク質であっても部位ごとに異なる発現制御を受けていると考えられる。部位特異的な発現制御のメカニズムを明らかにするため、いくつかの転写因子とクチクラタンパク質の発現プロファイルが比較された。その結果、クチクラタンパク質の発現様式はいずれかの転写因子の発現様式と対応付けられることが示された。ここで示唆された転写因子が実際にクチクラタンパク質の発現制御に関与することがレポーターアッセイによって確認された(7)。
このように、クチクラタンパクの発現はBRを含む多様な転写因子の働きによって制御されていることが示された。また、複数の転写因子や20Eが複合的(協調的あるいは競合的に)に働いて下流遺伝子の発現パターンを形成している場合もある。よってBRの役割を正しく理解するためには常に他の転写因子も視野に入れて考える必要がある。

引用文献

1. Mass isolation of cuticle protein cDNAs from wing discs of Bombyx mori and their characterizations. Takeda M., Mita K., Quan G. X., Shimada T., Okano K., Kanke E., Kawasaki H. Insect Biochem. Mol. Biol. 2001 Sep; 31(10): 1019-28.

2. betaFTZ-F1 and Broad-Complex positively regulate the transcription of the wing cuticle protein gene, BMWCP5, in wing discs of Bombyx mori. Wang H. B., Nita M., Iwanaga M., Kawasaki H. Insect Biochem. Mol. Biol. 2009 Sep; 39(9): 624-33.

3. Expression of cuticular protein genes, BmorCPG11 and BMWCP5 is differently regulated at the pre-pupal stage in wing discs of Bombyx mori. Ali M. S., Wang H. B., Iwanaga M., Kawasaki H. Comp. Biochem. Physiol. B. Biochem. Mol. Biol. 2012 May; 162(1-3): 44-50.

4. Isolation and comparison of different ecdysone-responsive cuticle protein genes in wing discs of Bombyx mori. Noji T., Ote M., Takeda M., Mita K., Shimada T., Kawasaki H. Insect Biochem. Mol. Biol. 2003 Jul; 33(7): 671-9.

5. Activation of BMWCP10 promoter and regulation by BR-C Z2 in wing disc of Bombyx mori. Wang H. B., Iwanaga M., Kawasaki H. Insect Biochem. Mol. Biol. 2009 Sep; 39(9): 615-23.

6. Ecdysone directly and indirectly regulates a cuticle protein gene, BMWCP10, in the wing disc of Bombyx mori. Wang H. B., Moriyama M., Iwanaga M., Kawasaki H. Insect Biochem. Mol. Biol. 2010 Jun; 40(6): 453-9.

7. Ecdysone-responsive transcription factors determine the expression region of target cuticularprotein genes in the epidermis of Bombyx mori. Ali M. S., Iwanaga M., Kawasaki H. Dev. Genes Evol. 2012 Apr; 222(2): 89-97.