新たな細菌が複数種の寄生バチの単為生殖誘導に関与していることが示された。そこで、その細菌に感染しているツヤコバチ科の寄生バチ二種(Encarsia pergandiella、Encarsia hispida)の細胞を観察したところ、共通して微小繊維状の構造が見られた。さらに、これらから得られた16S rDNAの配列は99%の高い相同性を示し、ヒメハダニ科のBrevipalpus属とマダニ科のIxodes属由来の微生物と共に一つのグループを形成した(1)。
この細菌はCardiniumと命名され、膜翅目、半翅目、ダニ目で感染が確認されており、調査された節足動物における感染率は6-7%にも及ぶ(2)。α-ProteobacteriaのWolbachiaは宿主に対して生殖操作を行う細胞内共生細菌として有名であるが、Cardiniumも細胞質不和合(CI)や雌性産生単為生殖誘導など、自らの感染拡大に有利な生殖操作を行うことが知られている(3)。本ゼミナールで扱う論文の実験材料であるEncarsia(膜翅目アシブトコバチ上科ツヤコバチ科)ではWolbachiaとCardiniumの両方もしくはどちらか一方の感染が見られる(4)。
E. pergandiellaでは、メスに発育する予定の卵はコナジラミ類の幼虫で孵化し、オスに発育する予定の卵は同種または異種の寄生バチの蛹で孵化する。しかし、間違った宿主に産み付けられた卵は上手く発育しない。Cardiniumに感染した産雌性単為生殖系統のE. pergandiellaに対して、何も処理をしないグループ、抗生物質処理を行ったグループ、抗生物質処理を行った個体の次世代から成るグループの3つの処理グループを用意し、二種類の宿主(コナジラミ(B. tabaci)の幼虫、寄生バチ(Eretmocerous eremicus)の蛹)が各々16匹ずつ配置された葉上での産卵パターンを計測した。その結果、抗生物質処理を行った個体の次世代から成るグループでは寄生バチの蛹への産卵割合が他の2グループに比べて高かった。この結果はCardiniumがE. pergandiellaの寄主選択性を減少させていることが原因であると考えられる(3)。
また、E. pergandiellaの有性生殖個体群から得られたCardinium感染系統と感染除去系統を用いて、①感染除去オス×感染除去メス②感染除去オス×感染メス③感染オス×感染除去メス④感染オス×感染メスの4パターンの交配実験を行った。パターン③から生まれる次世代の蛹数は他の3パターンに比べて著しく少なく、パターン④とパターン③を比べるとパターン③の孵化率が著しく低い。そのため、Cardiniumは不完全な細胞質不和合(CI)を引き起こしていると考えられる(3)。
E. hispidaのCardinium感染系統にテトラサイクリンを投与したところ、次世代は感染が除去されたオスのみであった(6)。この感染除去オスの細胞分裂中期の細胞で2n=10個の染色体が確認され、これはE. hispidaのメス(二倍体)の染色体数と同じである。また、フローサイトメトリー法により、感染除去オスと感染メスの相対的なDNA量を比較したところ、両者に著しい差は見られず、感染除去オスは完全な二倍体であると断定された。多くが単数倍数性の性決定機構を持つ膜翅目昆虫において、二倍体のオスは非常に珍しく、二倍体のオスの存在が共生微生物と関連付けられたのは初めてである。E. hispidaにおいては染色体倍加がメスの発生に必要であるが、それだけでは十分ではないことを示唆しており、Cardiniumは二倍体のオスの胚をメス化しているということになる。つまり、Cardiniumは宿主の性決定因子を操作していると考えられる(7)。
(1) Zchori-Fein E, Perlman SJ, Kelly SE, Katzir N, Hunter MS (2004).Characterization of a ‘Bacteroidetes’ symbiont in Encarsia wasp (Hymenoptera: Aphelinidae): proposal of Candidatus Cardinium hertigii. Int J Syst Evol Microbiol 54: 961-968.
(2) Perlman SJ, Kelly SE, Zchori-Fein E, Hunter MS (2006). Cytoplasmic incompatibility and multiple symbiont infection in the ash whitefly parasitoid, Encarsia inaron. Biol Control 54: 961-968.
(3) Hunter MS, Perlman SJ, Kelly SE (2003). A bacterial symbiont in the Bacteroidetes induces cytoplasmic incompatibility in the parasitoid wasp Encarsia pergandiella. Proc R Soc Lond 270:2185-2190.
(4) Perlman SJ, Kelly SE, Zchori-Fein E, Hunter MS (2006). Cytoplasmic incompatibility and multiple symbiont infection in the ash whitefly parasitoid, Encarsia inaron. Biol Control 54: 961-968.
(5) Kenyon SG, Hunter MS (2007). Manipulation of oviposition choice of the parasitoid wasp, Encarsia pergandiella, by the endosymbiotic bacterium Cardinium. J Evol Biol 20: 707-716.
(6) Hunter MS (1999). The influence of parthenogenesis-inducing Wolbachia on the oviposition behaviour and sex-specific developmental requirements of autoparasitoid wasps. J Evol Biol 12: 735-741.
(7) M Giorgini, MM Monti, E Caprio, R Stouthamer and MS Hunter(2009). Feminization and the collapse of haplodiploidy in an asexual parasitoid wasp harboring the bacterial symbiont Cardinium. Heredity 102:365-371.