キイロショウジョウバエはなぜアルコールを好むのか? 修士1年 豊嶋直樹

キイロショウジョウバエはなぜアルコールを好むのか? 修士1年 豊嶋直樹

ショウジョウバエはアルコールを好んで集まるという特徴的な性質から、酒好きの妖怪である猩々(ショウジョウ)が由来でその名が付けられた。実際に、アルコールを含まないエサと含むエサに対する選好性を比較した研究では、キイロショウジョウバエはアルコールを含むエサを好んで食すという結果が得られた[1]。また、メスとの交尾機会を剥奪されたオスは、交尾経験のあるオスに比べてアルコールへの選好性が上がるという現象も見られている[2]。このようにキイロショウジョウバエがアルコールを好む性質は、複数の実験で証明されており、アルコール摂取は快刺激を伴うのだと考えられている。

しかし、アルコールは他の生物と同様、キイロショウジョウバエにとっても生理学的には害があり、負の影響を及ぼす。キイロショウジョウバエの幼虫はアルコールを含むエサで育つと羽化率、成虫での体重の減少が見られる[3]。これはアルコールへの曝露が発生を阻害することを意味している。成虫においては、体内のアルコール濃度が上昇すると過活動状態になった後アルコールの鎮静作用が働いて運動性の低下が起こったり[4]、オスのメスに対する求愛活性が著しく低下してしまう[5]といった現象が見られる。つまり、成虫がアルコールを摂取すると行動に異常を来す。以上より、キイロショウジョウバエにとってもアルコールは生理学的に悪影響を及ぼすことが分かる。それでは、どうしてキイロショウジョウバエにアルコールへの選好性が発達したのであろうか。

ここで、生態学的な立場に視点を移すと、幼虫にエタノールを含むエサを与えた方が寄生バチによる産卵数が減るという報告がある[6]。これはキイロショウジョウバエが消費したアルコールの代謝産物が寄生バチを害するので、エタノール濃度が高いと寄生バチが敬遠するためであり、幼虫のアルコール摂取が寄生者に対する防衛手段になることを示している。このようにアルコールはキイロショウジョウバエの幼虫にとって生態学的な点では直接利益をもたらすと言える。

また、キイロショウジョウバエはアルコール単体よりも、それを含む複数の成分がある特定の比率で含まれる時に最も誘引されるという結果も見出されている[7]。この比率が熟して豊富に養分を含む状態になった果実に含まれる比率と同じであり、そこにキイロショウジョウバエが誘引されるのだと考察されている。キイロショウジョウバエは実はアルコールそのものを好むのではなく、養分の豊富に含む果実の指標の一つとしてアルコールを利用しているだけなのかもしれない。

References

[1] Devineni, AV. Heberlein, U. (2009) ‘Preferential Ethanol Consumption in Drosophila Models Features of Addiction.’ CURRENT BIOLOGY, 19,24, 2126-2132

[2] Shohat-Ophir, G; Kaun, KR; Azanchi, R; Heberlein, U. (2012) ‘Sexual Deprivation Increases Ethanol Intake in Drosophila.’ SCIENCE, 335,6074,1351-1355

[3] McClure, KD ; French, RL; Heberlein, U. (2011) ‘A Drosophila model for fetal alcohol syndrome disorders: role for the insulin pathway.’ DISEASE MODELS & MECHANISMS, 4,3, 335-346

[4]  Wolf, FW; Rodan, AR; Tsai, LTY; Heberlein, U. (2002) ‘High-resolution analysis of ethanol-induced locomotor stimulation in Drosophila.’ JOURNAL OF NEUROSCIENCE, 22,24, 11035-11044

[5]  Lee, HG ; Kim, YC; Dunning, JS; Han, KA. (2008) ‘Recurring Ethanol Exposure Induces Disinhibited Courtship in Drosophila.’ PLOS ONE, 3,1

[6] Milan, NF; Kacsoh, BZ; Schlenke, TA. (2012) ‘Alcohol Consumption as Self-Medication against Blood-Borne Parasites in the Fruit Fly.’ CURRENT BIOLOGY,22,6,488-493

[7] Zhu, JW; Park, KC; Baker, TC. (2003) ‘Identification of odors from overripe mango that attract vinegar flies, Drosophila melanogaster.’ JOURNAL OF CHEMICAL ECOLOGY, 29,4, 899-909