中南米に棲息するドクチョウの仲間は、毒を持つ異種同士の見た目が酷似することで捕食のリスクが低減される「ミュラー型擬態」の例として有名である。ドクチョウ属のHeliconius melpomene(黒地に赤・黄の斑紋)は、Heliconius cydno(紺地に白帯)と交配可能なほど近縁であるが、それぞれ別種のドクチョウと擬態し合っており(H. melpomene ↔ H. erato, H. cydno ↔ H. sapho)、両者の見た目は明瞭に異なっている。それゆえ、H. melpomeneとH. cydnoのF1個体はどちらの種にも似ておらず、ミュラー型擬態の恩恵を受けられないため捕食の対象となりやすい [1]。
交雑が子孫の適応度を著しく下げるにもかかわらず、2種が広範囲に渡り同所的に棲息しているのは、同類交配(= 表現型の類似する個体同士が頻繁に交配すること)による生殖前隔離が機能しているからだとされている。Jigginsら [2]の実験では、共存地域のH. melpomeneオスは同種の模型とH. cydnoの模型を見分けて求愛することが出来たのに対し、非共存地域のオスは誤ってH. cydnoの模型を求愛しており、両者の共存に同類交配が大きく寄与していることが示唆された。また、どちらの種にも似ていないF1個体は両種からの求愛対象になりにくく [3]、同類交配は交雑種に対する淘汰圧としても働いているといえる。
このように、2種の種分化を知るためには、捕食圧といった自然淘汰だけでなく同類交配が生じるしくみを理解する必要があるだろう。Merillらが今年発表した研究 [4]は、そのメカニズムを遺伝学的に説明したことで注目を浴びた。彼らはH. melpomeneとH. cydnoのF1オス, BC1オスに対して両種の純系メスを同時に提示する実験をおこない、選り好み形質に関わるQTL解析をおこなったところ、たった3つのQTLで選り好み行動の大部分を説明できたうえ、そのうち一つはH. melpomeneの前翅赤斑形成に関わるoptix遺伝子と重なっていることが分かった。彼らによれば、この遺伝子構造が視覚的なmating cueとオスの選り好み行動との連鎖不平衡を生み出す原因であり、ひいては同類交配が成立することに役立っているという。
しかしながら、彼らが提示した一つ目の証拠、効果の大きな選り好み遺伝子座の存在であるが、これはミュラー型擬態をするチョウならではのデメリットも孕んでいる。見た目が似ている個体への選り好みが強いほど、自身が似せている別種のモデルへの誤った求愛も増えてしまうだろう。実際、H. melpomeneのオスは、同種の模型とモデル種H. erato(黒地に橙・白の斑紋)の模型を求愛時に見分けることは出来ないのだという [5]。ではなぜ、誤求愛のリスクを抱えつつ、選り好み遺伝子座は連鎖不平衡を生み出し得たのだろうか?
SouthcottとKronforst [6]は、H. cydnoとH. pachinusを用いた交尾実験をおこない、オスが求愛しなかった場合を除いて同種間・異種間での交尾の有無をカウントしたところ、求愛されたメスが交尾に応じるか否かが同類交配の成否に影響していた。また、Darraghら [7]は、H. melpomene, H. eratoを含む4種のメスに対して、オスの発香鱗を透明な塗料で塗りつぶした状態で提示したところ、実施した全ての種において発香鱗を覆われたオスはメスに求愛を受け入れられなかった。これらの結果は、ドクチョウのオスが主に視覚刺激によって同種を選り分ける一方で、メスもまた同種の選り好みをおこなっており、そのmating cueとなるのは化学刺激である、という可能性を示唆する。H. melpomeneにおいて、翅模様と選り好み行動を司る遺伝子のあいだに連鎖不平衡が生じている背景には、ミュラー型擬態の影響を受けない化学刺激に対するメス側の選り好みという温床があるのかもしれない。
Reference
[1] Merrill, Richard M., Richard W. R. Wallbank, Vanessa Bull, Patricio C. A. Salazar, James Mallet, Martin Stevens, and Chris D. Jiggins. 2012. “Disruptive Ecological Selection on a Mating Cue.” Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences 279(1749):4907–13.
[2] Jiggins, Chris D., Russell E. Naisbit, Rebecca L. Coe, and James Mallet. 2001. “Reproductive Isolation Caused by Colour Pattern Mimicry.” Nature 411(6835):302–5.
[3] Naisbit, Russell E., Chris D. Jiggins, and James Mallet. 2001. “Disruptive Sexual Selection against Hybrids Contributes to Speciation between Heliconius Cydno and Heliconius Melpomene.” Proceedings of the Royal Society of London. Series B: Biological Sciences 268(1478):1849–54.
[4] Merrill, Richard M., Pasi Rastas, Simon H. Martin, Maria C. Melo, Sarah Barker, John Davey, W. Owen McMillan, and Chris D. Jiggins. 2019. “Genetic Dissection of Assortative Mating Behavior”. PLOS Biology 17(2):e2005902.
[5] ESTRADA, C. and C. D. JIGGINS. 2008. “Interspecific Sexual Attraction Because of Convergence in Warning Colouration: Is There a Conflict between Natural and Sexual Selection in Mimetic Species?” Journal of Evolutionary Biology 21(3):749–60.
[6] Southcott, Laura and Marcus R. Kronforst. 2018. “Female Mate Choice Is a Reproductive Isolating Barrier in Heliconius Butterflies” edited by S. Bertram. Ethology 124(12):862–69.
[7] Darragh, Kathy, Sohini Vanjari, Florian Mann, Maria F. Gonzalez-Rojas, Colin R. Morrison, Camilo Salazar, Carolina Pardo-Diaz, Richard M. Merrill, W. Owen McMillan, Stefan Schulz, and Chris D. Jiggins. 2017. “Male Sex Pheromone Components in Heliconius Butterflies Released by the Androconia Affect Female Choice.” PeerJ 5:e3953.