寄生バチの存在から考えるキイロショウジョウバエの異種間コミュニケーションの意義 修士1年 豊嶋直樹

寄生バチの存在から考えるキイロショウジョウバエの異種間コミュニケーションの意義 修士1年 豊嶋直樹

寄生バチは宿主である昆虫に寄生し、幼虫期は宿主の体を食べて育ち成長する。そして、ハチが成長した段階で宿主を殺してしまうという捕食寄生者である。寄生バチの一種であるLeptopilina属はショウジョウバエ類を宿主として地球上に広く分布しており、Leptopilina属はキイロショウジョウバエにも害を与え、野外で採集されたキイロショウジョウバエの幼虫を調べるとその寄生率はなんと90%である[1]。これはキイロショウジョウバエにとって大きな脅威となる存在だと言える。

もちろんキイロショウジョウバエにも寄生バチに対する防衛手段はある。まず、キイロショウジョウバエが寄生バチの存在を認知するとエタノールを含むエサの方が高い割合で産卵するという策である[2]。これは、寄生バチがエタノールを含むエサを摂取した幼虫を敬遠する性質[3]を利用していることが示唆される。また、寄生バチの存在を認知すると単純に産卵数が減るという結果もある[4]。これは寄生バチのいない産卵場所を探してから産んだ方が、寄生されるリスクが少しは低くなるからだと考えられる。

ところで、キイロショウジョウバエでは産卵場所に関する情報の種内コミュニケーションが発達していることが知られている。実際に、同種のキイロショウジョウバエにおいて産卵経験のあるメスから産卵経験の無いメスに産卵場所の選好性が伝えられるという結果がある[5]。また、寄生バチの存在も種内コミュニケーションにより伝達されるという結果が報告されている。それは、寄生バチに一度も出会ったことの無いキイロショウジョウバエが、寄生バチと出会ったことのある他の個体と隣り合わせの透明なゲージに入れられると産卵数が減るというものだ[6]。これは寄生バチを見たことが無いにも係わらず寄生バチに対する防衛手段が働いていることを意味しており、この個体の体内では、寄生バチをみた個体の行動を視認することで、卵形成が抑制されている[7]。自然界において、常に危険と隣り合わせの環境で生活しているキイロショウジョウバエは、同種の他個体の産卵行動を迅速に取り入れることによって自分で手がかりを見つけるコストを抑えることが出来る。

このコミュニケーションは、種内だけではなく種間でも起こりうることが分かってきた。実際に、寄生バチに出会ったことの無いキイロショウジョウバエが、寄生バチに出会ったことのある異種のキイロショウジョウバエと出会うと産卵数が減っている[6]。異種の行動を視認することで寄生バチの存在を認知して産卵抑制が起こっている。そしてKacsohらはキイロショウジョウバエの種間コミュニケーションで必要な特定の視覚的な情報の伝達経路を特定した[8]。これは異種が共通の敵に関する情報を交換していることを示唆している。本来同じニッチを取り合い共存することが難しいはずの異種が互いの生存のために協力し合うという現象は、寄生バチという非常に大きな脅威となる存在が生んだキイロショウジョウバエの生存戦略なのかもしれない。

References

[1] Fleury, F; Ris, N; Allemand, R; Fouillet, P; Carton, Y; Bouletreau, M. (2004) ‘Ecological and genetic interactions in Drosophila-parasitoids communities: a case study with D-melanogaster, D-simulans and their common Leptopilina parasitoids in south-eastern France.’ GENETICA, 120,1-3,181-194

[2] Kacsoh, BZ; Lynch, ZR; Mortimer, NT; Schlenke, TA. (2013) ‘Fruit Flies Medicate Offspring After Seeing Parasites’ SCIENCE, 339,6122,947-950

[3] Milan, NF; Kacsoh, BZ; Schlenke, TA. (2012) ‘Alcohol Consumption as Self-Medication against Blood-Borne Parasites in the Fruit Fly.’ CURRENT BIOLOGY, 22,6,488-493

[4] Lefevre, T; de Roode, JC; Kacsoh, BZ; Schlenke, TA. (2012) ‘Defence strategies against a parasitoid wasp in Drosophila: fight or flight?’ BIOLOGY LETTERS, 8,2,230-233.

[5] Battesti, M; Moreno, C; Joly, D; Mery, F. (2012) ‘Spread of Social Information and Dynamics of Social Transmission within Drosophila Groups.’ CURRENT BIOLOGY, 22,4,309-313

[6] Kacsoh, BZ; Bozler, J; Bosco, G. (2018) ‘Drosophila species learn dialects through communal Living.’ PLOS GENETICS, 14, 7

[7] Kacsoh, BZ; Bozler, J; Ramaswami, M; Bosco, G. (2015) ‘Social communication of predator-induced changes in Drosophila behavior and germ line physiology.’ ELIFE, 4, e07423

[8] Kacsoh, BZ; Bozler, J; Hodge, S; Bosco, G. (2019) ‘Neural circuitry of social learning in Drosophila requires multiple inputs to facilitate inter-species communication.’ COMMUNICATIONS BIOLOGY, 2, UNSP 309