PCRとそれに類した方法を用いた昆虫の種同定法 修士1年 馬梓涵

PCRとそれに類した方法を用いた昆虫の種同定法 修士1年 馬梓涵

 地球上で確認された昆虫の種の数は約100万種と言われる。多くの昆虫は近縁種間で酷似しており一見同じ種にも見えるほどだが、実はその食性・殺虫剤感受性などの性質に大きな違いが存在することがある。したがって、殺虫剤や天敵昆虫を利用して害虫を防除しようとする際には正確な種同定を行うことが重要な課題となる。例えばクサカゲロウの場合、ヤマトクサカゲロウとヨツボシクサカゲロウは肉眼では判別は困難である。しかし、前者は後者より広食性という利点が存在する一方、摂食量は後者の方が多いという違いがある。したがってクサカゲロウ類を天敵昆虫として利用する場合、防除対象に応じて適切なクサカゲロウ種を施用すればより効率的な防除ができると期待される。このような状況から、形態学的特徴に替わってDNA配列の違いに基づいた識別法が用いられるようになった。今回のセミナーではそのうちで主にPCR法を利用した識別法について紹介する。
 PCR法を用いて昆虫種を識別する場合、一般的には目標昆虫のDNA塩基配列情報の取得から始める必要があるが、最初に紹介するRAPD法は、事前に塩基配列情報が利用できなくても適用できる方法である[1]。RAPD法は短いプライマーを用いて非特異的な増幅が起こる条件でPCRを行い、増幅された複数のDNA断片のパターンを用いて試料を判定する手法である。Callejasら(2005)はこの方法を用いてコナジラミ科の昆虫の識別を行った[2]。ただし、この方法は比較的簡単である一方で再現性に問題があり、環境条件や試料の調整法により結果が変わってしまうことがある。
 事前に得られた塩基配列情報を用いたPCR識別法で種識別を行う場合は、RAPD法における識別精度や再現性などの問題が解決される。代表的な方法としては、RFLP法が挙げられる[3]。本法では、PCRによって増幅された特定のゲノム配列をさらに制限酵素によって切断し、その結果得られたDNA断片長が示す多型を検出する。CHOIら(2016)はハマキガにこの方法を適用し、種の同定をしている[4]。この手法は、条件設定に手間取ることが無く再現性に優れる一方、適当な酵素がなければ適用できないことと、PCR工程に制限酵素処理工程が加わるため時間が余計にかかることが短所である。
 次に紹介するMultiplex PCR法は、上述2法の問題を解決し、精確性と迅速性を兼ねた方法である[5]。Multiplex PCR法では、識別しようとするそれぞれの種をターゲットとする複数の異なるPCR反応を一つのチューブ内で行い、どのPCR産物が得られたかをDNA断片長によって識別する手法である。本法は精度が高いうえ、解析にPCRと電気泳動以外の操作は必要ではない。馬(2022)は本法を用いてクサカゲロウ類の識別を行った。本法は1サンプル当たり1回のPCR分析で判別結果を出せる迅速かつ簡便な方法であるが、開発段階において、種特異的プライマーの設計や反応条件の検討が困難な場合がある。
 最後に紹介するLAMP法は、上述のPCR法を利用した識別法と異なり、簡単に試験ができ、PCR法より優れた増幅効率をもち、目視で結果確認ができる方法である[6]。FEKRATら(2015)はLAMP法を用いてネギアザミウマ類の識別を行った[7]。LAMP法は迅速かつ安価、精確な遺伝子増幅法で、注目を集めている。
 本セミナーでは、四つのDNAによる昆虫の識別法について紹介した。今後、DNAを用いた昆虫識別法は簡便、迅速、安価で、正確にという方向性で開発をつづけることで、より広く普及することが期待される。

引用文献
[1] John G.K.Williams, Anne R.Kubelik, Kenneth J.Livak, J.Antoni Rafalski’ and Scott V.Tingey. “DNA polymorphisms amplified by arbitrary primers are useful as genetic markers.” Nucleic Acids
Research 18. 22 (1990)6531
[2] C. Callejas, A. Velasco, A. Gobbi, F. Beitia and M. D. Ochando. “Fast discrimination (RAPD-PCR) of the species forming the pest complex Aleurodicus dispersus–Lecanoideus floccissimus (Hom: Aleyrodidae).” Blackwell Verlag,Berlin.JEN129 (7) (2005):382–385
[3] DAVID BOTSTEIN, RAYMOND L. WHITE, MARK SKOLNICK, AND RONALD W. DAVIS. “Construction of a Genetic Linkage Map in Man Using Restriction Fragment Length Polymorphisms.” Am JHum Genet 32(1980):314-331
[4] Kwang Shik CHOI, Seung-Yeol LEE, Kyung-Hee CHOI, Il JANG,In-Kyu KANG , and Hee-Young JUNG “Simultaneous identification of Grapholita molesta Busck and Grapholita dimorpha Komai by PCR-RFLP.” Entomological Research 46 (2016) :206–209
[5] Jeffrey S.Chamberlainl, Richard A.Gibbs, Joel E.Ranier, Phi Nga Nguyen and C.Thomas Caskey “Deletion screening of the Duchenne muscular dystrophy locus via multiplex DNA amplification.” Nucleic Acids Research 16.23 (1988):11141-11156
[6] Tsugunori Notomi, Hiroto Okayama, Harumi Masubuchi, Toshihiro Yonekawal, Keiko Watanabe, Nobuyuki Amino and Tetsu Hase “Loop-mediated isothermal amplification of DNA.” Nucleic Acids
Research, 28(2000) No. 12
[7] LIDA FEKRAT, MOHAMMAD ZAKI AGHL, AND VAHID TAHAN “Application of the LAMP Assay as a Diagnostic Technique for Rapid Identification of Thrips tabaci (Thysanoptera: Thripidae) .” J. Econ. Entomol 108.3 (2015): 1337–1343