Cryptic female choiceとは交尾後における性選択の1つと考えられている。1871年、ダーウィンは交尾前における性選択として交尾機会をめぐるオス同士の競争male-male competitionとメスが交尾する相手を選ぶfemale choiceという2つのメカニズムを唱えた。それから100年後、1971年にオスの精子同士の競争sperm competition、それに呼応する形で1983年にメスが受精する精子を選ぶcryptic female choiceというメカニズムが唱えられる。これらはメスが複数回交尾をすることによって交尾後にもメスの生殖巣内で受精をめぐる性選択が続いているという考えに基づいて提起された。今回は未だ謎が多いcryptic female choiceに焦点を当て、これまで考えられてきたメカニズムと生態学的な意義について分子生物学の進歩が著しいキイロショウジョウバエの研究を中心に紹介する。
Thornhilはcryptic female choiceを“受精に関与するメスの形態的、生理的、行動学的なメカニズム”と定義した[1]。キイロショウジョウバエにおいて提唱されているcryptic female choiceのメカニズムは主に2つある。1つはメスがより長い精子を選り好むというメカニズムである。キイロショウジョウバエにおいて精子は長ければ長いほど他の精子を押しのける能力が高いので[2]、メスは精子競争に強い息子を得るために長い精子を優先的に受精に用いるようになったと考えられている[2,3]。もう1つはメスが貯精嚢内の精子の割合をコントロールしているというメカニズムである。メスは再交尾後に貯精嚢に貯めこむことができない余分な精子を放出する[4,5]。この精子を放出するタイミングを操作することによって貯めこむ精子の割合をコントロールしていると考えられている。このように受精におけるメスの関与にもスポットが当てられ、いくつかのcryptic female choiceに関するメカニズムが謳われている。
その一方で、cryptic female choiceの繁殖成功に対する影響を疑問視する研究がある。Manierらはメスが貯蔵している精子の割合と産む子供の割合は相関関係にあることを明らかにした[6]。つまり、メスはストックしている精子を平等に使用しているということであり、cryptic female choiceを否定する結果が得られたのである。またPischeddaらは、オスの受精成功の90%は交尾をした順序の影響であり、cryptic female choiceの繁殖成功に対する影響はたったの2%程度であることを明らかにした。つまり、他の選択圧に比べてcryptic female choiceがオスの繁殖成功に与える影響は非常に小さいということである[7]。
Cryptic female choiceという概念が現れて約20年、様々な研究が行われてきたが、実際にはっきりとメカニズムを明示することができている論文はほとんどない[8]。その理由はsperm competitionとcryptic female choiceのメカニズムが複雑に絡み合い、どちらが原因であるか区別をするのが難しいからだろう。加えて、cryptic female choiceが性選択として機能しているのか怪しむ意見も出てきた。つまり、cryptic female choiceによって得られる利益は間接的なもので必然と繁殖成功への影響が小さくなるがゆえに、生態学的に有効な性選択として機能していないのではないかと考えられているということである。なので、今後の研究においてcryptic female choiceの繁殖成功に対する影響が明確に示されなければ、独立した性選択のメカニズムとして認められるのは難しいのかもしれない。
References
[1] Thornhil R (1983) Cryptic female choice and its implications in the scorpionfly Harpobittacus nigriceps. Am Nat 122:765-788
[2] Gary T Miller & Scott Pitnick (2002) Sperm-female coevolution in Drosophila. Science 298:1230-1233
[3] Stefan Lüpold et al. (2016) How sexual selection can drive the evolution of costly sperm ornamentation. Nature 533:535-538
[4] Rhonda R Snook & David J. Hosken (2004) Sperm death and dumping in Drosophila. Nature 428:939-941
[5] Stefan Lüpold et al. (2013) Female mediation of competitive fertilization success in Drosophila melanogaster. Proc Natl Acad Sci USA 110:10693-10698
[6] Mollie K Manier et al. (2010) Resolving mechanisms of competitive fertilization success in Drosophila melanogaster. Science 328:354-357
[7] Alison Pischedda & William R Rice (2012) Partitioning sexual selection into its mating success and fertilization success components. Proc Natl Acad Sci USA 109:2049-2053
[8] Renée C Firman et al. (2017) Postmating female control: 20 years of cryptic female choice. Trends Ecol Evol 32:368-382