チョウの翅表・翅裏における擬態形質の進化に関わる要因 博士2年 網野 海

チョウの翅表・翅裏における擬態形質の進化に関わる要因 博士2年 網野 海

自然選択による生物の進化を表す有名な事例に、全く異なる種同士の見た目が酷似するベイツ型擬態やミュラー型擬態といったものがある。例えば、毒を持つ不味いチョウを嫌う鳥などの捕食者はそれに似たチョウも同様に食べないため、毒を持たないチョウが毒を持つチョウに似ていると生存に有利(ベイツ型擬態)である。ゆえに、進化は毒を持たない種が毒を持つ種に対してよりよく類似する方向に生じてきたと当然考えられる。

一方で、チョウでは表裏における擬態の完成度にしばしば違いが見られる。例えば、メスクロキアゲハ(Papilio polyxenes)の翅裏は有毒なアオジャコウアゲハ(Battus philenor)に酷似するが、オスの翅表は類似せず高い捕食圧を受けてしまう [1]。また、Suら(2015)はベイツ型擬態をしていると考えられてきたアゲハチョウ科・タテハチョウ科の全10種のミミック(擬態している種)について、モデル(擬態されている有毒種)への各斑紋の色彩における類似度を計測したところ、翅表よりも翅裏の斑紋の方が類似していた [2]。このような翅裏に偏った類似が見られるのはどうしてだろうか。

まず、行動生態学的な側面から考察する。チョウの擬態は翅模様だけでなくその飛翔行動においても生じることが知られており、擬態リングを形成する種では羽ばたきの頻度や飛翔経路が収斂している [3, 4]。こうした行動形質は、飛翔時に捕食圧がかかったことへの適応だろう。一方、アゲハチョウ科においてミミックとモデルとで、飛んで逃げられずに人間が近づける限界の距離を測ったところ、モデルよりもミミックの方が長かった [5]。ミミックは静止時において飛翔時よりも擬態が見破られやすいがゆえに、すぐ逃避行動に移るのかもしれない。したがって、静止時に捕食者が目にする翅裏には、よりモデルに似るような強い選択圧がかかった可能性がある。

また性選択も、翅表と翅裏に対して不均一にはたらくことがチョウにおいて一般に知られている。アフリカコジャノメ(Bicyclus)属において表と裏の眼状紋に着目した解析では、オスの翅表で最も進化速度が早いことが報告されており [6]、メスの選り好みは翅表に偏ってはたらくと考えられる。エゾスジグロシロチョウ(Pieris napi)において緯度に応じた翅の黒化(体温調節に関与する)を調べたところ、メスでは翅表・翅裏ともに変化が見られたのに対して、オスの翅表では緯度に応じず一定であった [7]。性選択は翅表において自然選択による進化を妨げていることが示唆される。

生態学的な議論の他に、そもそも擬態模様の進化しやすさが翅表と翅裏でどう異なっているかというマクロ進化的な考察も重要だろう。例えば、コノハチョウ(Kallima inachus)とアカエグリバ(Oraesina excavata)はそれぞれ翅裏、翅表で精巧な枯葉擬態を行うが、これらの2種は鱗翅目昆虫に共通する基本的なボディプランNymphalid
ground plan(NGP)を柔軟に変形させながら漸進進化的に擬態模様を獲得したことが分かっており [8, 9]、鱗翅目昆虫全体で見れば翅の表と裏における進化可能性には大差ないと考えられる。属レベルでは、Brattstromら(2020)がコジャノメ(Mycalesina)亜族約300種について前翅の二つの眼状紋Cu1及びM1に占める黒色領域の割合を調べ、Heteropsis属を除いてCu1とM1との相関には強い発生学的バイアスが見られるとともに、このバイアスから逃れることが出来たHeteropsis属では急速に眼状紋が進化したことを発見した [10]。翅表と翅裏で比べるとHeteropsis属は翅裏よりも翅表において発生学的バイアスから解放されていることから、この属では翅表の方が可塑性が高いと考えられる。擬態を示す種においても同様に翅表と翅裏の可塑性を比較した解析が望まれる。

チョウが、飛翔中もしくは休息中どのような場面でどんな天敵からの捕食圧を受けているか野外観察のみによって推測することは難しい。表裏における性選択の強さや進化可能性の違いが分かれば、擬態の完成度に対するそれら要因の残差から翅表・翅裏への捕食圧の違いを予測できるだろう。またそれは、チョウの擬態形質がどのような場面で進化してきたのかを知ることにも繋がる。

References

[1] Codella, S.G., Lederhouse, R.C., 1989. Intersexual comparison of mimetic protection in the black swallowtail butterfly, Papilio polyxenes: Experiments with captive blue jay predators. Evolution (N. Y). 43, 410–420. https://doi.org/10.1111/j.1558-5646.1989.tb04236.x.

[2] Su, S., Lim, M., Kunte, K., 2015. Prey from the eyes of predators: Color discriminability of aposematic and mimetic butterflies from an avian visual perspective. Evolution (N. Y). 69, 2985–2994. https://doi.org/10.1111/evo.12800.

[3] Srygley, R.B., 1994. Locomotor mimicry in butterflies? The associations of positions of centres of mass among groups of mimetic, unprofitable prey. Philos. Trans. R. Soc. B Biol. Sci. https://doi.org/10.1098/rstb.1994.0017.

[4] Kitamura, T., Imafuku, M., 2015. Behavioural mimicry in flight path of Batesian intraspecific polymorphic butterfly Papilio polytes. Proc. R. Soc. B Biol. Sci. 282, 20150483. https://doi.org/10.1098/rspb.2015.0483.

[5] Kojima, W., 2022. Fearless distasteful butterflies and timid mimetic butterflies: Comparison of flight initiation distances in Papilioninae. Biol. Lett. 18. https://doi.org/10.1098/rsbl.2022.0145.

[6] Oliver, J.C., Robertson, K.A., Monteiro, A., 2009. Accommodating natural and sexual selection in butterfly wing pattern evolution. Proc. R. Soc. B Biol. Sci. 276, 2369–2375. https://doi.org/10.1098/rspb.2009.0182.

[7] Tuomaala, M., Kaitala, A., Rutowski, R.L., 2012. Females show greater changes in wing colour with latitude than males in the green-veined white butterfly, Pieris napi (Lepidoptera: Pieridae). Biol. J. Linn. Soc. 107, 899–909. https://doi.org/10.1111/j.1095-8312.2012.01996.x.

[8] Suzuki, T.K., 2013. Modularity of a leaf moth-wing pattern and a versatile characteristic of the wing-pattern ground plan. BMC Evol. Biol. 13, 158. https://doi.org/10.1186/1471-2148-13-158.

[9] Suzuki, T.K., Tomita, S., Sezutsu, H., 2014. Gradual and contingent evolutionary emergence of leaf mimicry in butterfly wing patterns. BMC Evol. Biol. 14, 229. https://doi.org/10.1186/s12862-014-0229-5.

[10] Brattström, O., Aduse-Poku, K., Van Bergen, E., French, V., Brakefield, P.M., n.d. A release from developmental bias accelerates morphological diversification in butterfly eyespots. https://doi.org/10.1073/pnas.2008253117/-/DCSupplemental.