ショウジョウバエ(Drosophila)における精液タンパク質の急速な進化のメカニズムに関する最新の知見 修士課程1年 伊藤 元春

ショウジョウバエ(Drosophila)における精液タンパク質の急速な進化のメカニズムに関する最新の知見 修士課程1年 伊藤 元春

動物が交尾の際にオスがメスの生殖器へ移送する精液には、精子の他にオスの付属腺で産生される精液タンパク質が含まれ、交尾後にメスの産卵数の増加、交尾受容性の低下といった生理的変化、行動的変化が起こる。

ショウジョウバエ(Drosophila)において、この精液タンパク質遺伝子が他の遺伝子と比較して急速に進化するということが、D.
simulans
D. melanogasterの遺伝子配列の比較や[1]、12種のショウジョウバエの間での精液タンパク質遺伝子のオルソログの存在率の低さ、遺伝子配列の比較[2]によって、知られていた。

この急速な進化速度の要因としてこれまで支持されてきたのは、強力な選択圧、および頻繁なde novo 遺伝子進化である。

D. melanogasterグループの6種の遺伝子配列の結果、精液タンパク質遺伝子において正の選択を受けたと思われる遺伝子が報告された[2]。また、D.
repleta
グループの遺伝子配列比較を行い、正の選択圧を受けたと思われる精液タンパク質遺伝子が報告された[3]。しかしながら、D.
melanogaster
D.
simulans
の約300のSFPの分子進化を調べた結果、正の選択の証拠を示したのは7-12%のみであり、50-57%のSFP遺伝子が緩やかな選択のもとで進化していることがわかった[4]。

de novo遺伝子進化とは、ゲノムの非コード領域から遺伝子が出現するという進化である。Begunらは、D. yakubaD.
erecta
の精液タンパク質遺伝子を4種のショウジョウバエの遺伝子と比較し、オルソログからの分岐では進化を説明できない精液タンパク質遺伝子を挙げ、それらはde
novo遺伝子進化によって出現したと説明した[5]。しかしながら、D. melanogasterにおいて、一見de
novo遺伝子進化によって出現したと思われる遺伝子に関しても近縁のショウジョウバエにおけるゲノムの非コード領域ではないところに類似配列があるといった、de
novo遺伝子進化を支持しない結果が得られた[6]。

この状況でもなお有力であると考えられる要因として、別の組織で発現していた遺伝子がある組織で発現するようになることで新規遺伝子となるco-optionと呼ばれる進化メカニズムがあり、他の進化メカニズムに比べて、最も頻度が高いと考えられる[6]。

このco-optionにあたる進化が、精液タンパク質遺伝子において、非精液タンパク質遺伝子よりも頻繁に起こっていることがD.
melanogaster
D. simulansD. yakubaのゲノムの比較によって明らかになった[7]。

精液タンパク質遺伝子の急速な進化メカニズムを解明するにあたってco-optionは今後重要な位置づけとなるであろう。

References

[1] Swanson, W. J., A. G. Clark, H. M. Waldrip-Dail, M. F. Wolfner, and C. F. Aquadro. 2001. Evolutionary EST analysis identifies rapidly evolving male reproductive proteins in Drosophila. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98:7375–7379.

[2] Haerty, W., Jagadeeshan, S., Kulathinal, R. J., Wong, A., Ravi Ram, K., Sirot, L. K., … & Singh, R. S. (2007). Evolution in the fast lane: rapidly evolving sex-related genes in Drosophila. Genetics, 177(3), 1321-1335.

[3] Almeida, F. C., & DeSalle, R. (2008). Evidence of adaptive evolution of accessory gland proteins in closely related species of the Drosophila repleta group. Molecular Biology and Evolution, 25(9),2043-2053.

[4] Patlar B, Jayaswal V, Ranz JM, Civetta A. Nonadaptive molecular evolution of seminal fluid proteins in Drosophila. Evolution. 2021 Aug;75(8):2102-2113. doi: 10.1111/evo.14297. Epub 2021 Jul 9. PMID:
34184267; PMCID: PMC8457112.

[5] Begun, D. J., Lindfors, H. A., Thompson, M. E., & Holloway, A. K. (2006). Recently evolved genes identified from Drosophila yakuba and
D. erecta accessory gland expressed sequence tags. Genetics, 172(3),
1675-1681.

[6] Hurtado J, Almeida FC, Belliard SA, Revale S, Hasson E. Research gaps and new insights in the evolution of Drosophila seminal fluid proteins. Insect Mol Biol. 2022 Apr;31(2):139-158. doi:10.1111/imb.12746. Epub 2021 Nov 15. PMID: 34747062.

[7] Cridland, J. M., Majane, A. C., Sheehy, H. K., & Begun, D. J. (2020). Polymorphism and divergence of novel gene expression patterns in Drosophila melanogaster. Genetics, 216(1), 79-93.