昆虫はどのようにして社会性を獲得したのか? 修士1年 三戸紘介

昆虫はどのようにして社会性を獲得したのか? 修士1年 三戸紘介

・高度な社会性をもつ昆虫は、どのようにしてその秩序をつくりあげたのか?近年、そのヒントを女王の分泌するフェロモンに求める研究がある。
・昆虫の社会性の中で象徴的な特徴は、労働の分担だ。その中でも重要なのが、繁殖能力を有する個体をコロニー内で一匹、もしくは数匹に絞り、他の繁殖能力のない個体(ワーカー)がその子孫の世話をする現象である。[1]
・ワーカーは女王によってその繁殖能力をコントロールされている。ほとんどの社会性昆虫において、ワーカーカーストの個体でも、女王をその環境から取り除けば繁殖能力を復活させる。
・ミツバチの女王は、大顎(Mandibular)から分泌されるQMP(Queen Mandibular Pheromone)という特殊なフェロモンによって他個体の繁殖能力を制限していることがわかっている。QMPの人工標品を用いた研究で、女王のフェロモンがワーカーの卵巣の発達を妨げていることが証明された。[2]
・同時に、QMPだけでなくクチクラ表面の揮発性化学物質にも重要な活性があることも示唆されている。実際にハリナシバチは、クチクラ炭化水素がフェロモンとして卵巣の成長を阻害している。[3]
・QMPを分泌する大顎腺 (Mandibular gland)を取り除いた女王ミツバチでもワーカーの繁殖能力を阻害できるという調査も存在する。[4]
・よって、QMPとクチクラフェロモンが複合して働いていると考えるのが合理的である。では、どのようにして女王はこれらのフェロモンを獲得したのだろうか?
・今までの進化学では、昆虫はミツバチ・スズメバチ・アリにおいて最低でも10回は独立に社会性が獲得されたと考えられてきた。しかし、女王が作るクチクラフェロモンの化学構造についてスズメバチ・アリ・一部のミツバチの間で酷似していることが明らかになってきた。この発見は、スズメバチ・アリ・一部のミツバチの女王シグナルが非社会性の共通祖先から進化したことを示している。[5]
・ミツバチの仲間では、アリやスズメバチと比べてより圧倒的に多様な物質を使っていて、複雑に女王シグナルが発達してきた可能性がある。そこでハナバチの女王のクチクラ表面に存在している物質について、特に詳細に調べた研究がある。ハナバチの中には社会性を持たない種類もあり、それらとの比較によって、ここでも「女王の用いるシグナルが非社会性の共通祖先から分岐してきた」との考えが改めて提示されたのだ。[6]
・社会性の有無にかかわらず、卵巣の発達によって一次産物、または二次産物として特徴的な炭化水素が作られ、それらの一部はオスの選択や誘引に利用されている。これを踏まえると、社会性昆虫における女王フェロモンは、女王の繁殖能力を示すシグナルが元になっていると推測できる。
・このように、非社会性昆虫の繁殖能力のコントロールシステムが社会性昆虫の労働分担を促進したと考える仮説を、 “groundplan hypothesis” という。
・この説を裏付ける根拠として、さらに進んだ研究成果が出ている。社会性のミツバチの女王が用いるQMPが、非社会性のショウジョウバエのメスに対しても影響を及ぼすことがわかったのだ。その作用は、ミツバチのワーカーへの作用と全く同じように、卵巣の活動を阻害することであった。[7]
・そしてミツバチのQMPは、ショウジョウバエのメスの卵巣の活動を阻害するばかりか、ショウジョウバエのオスに対しても効果を及ぼす。ミツバチの女王がオスバチを引き連れて交尾行動を促すのと同様に、ショウジョウバエのオスもミツバチのQMPに引き寄せられてしまう。[8]
・ミツバチとショウジョウバエというように、系統的に離れた種の間でも女王フェロモンの効果が保存されていることがわかった。これらは “groundplan hypothesis” の重要な証拠となると同時に、昆虫の社会性を研究するにあたってショウジョウバエという扱いやすい昆虫を “pre-social model” として利用出来るという点において画期的な発見であった。社会性昆虫の核心、「女王は、どのようにして秩序を築くのか」。そのメカニズムが明らかになりつつある。

[1] Bernard J. Crespi, Douglas Yanega “The definition of eusociality” Behav Ecol (1995) 6 (1): 109-115.
[2] Shelley E.R. Hoover, Christopher I. Keeling, Mark L. Winston, Keith N. Slessor “The effect of queen pheromones on worker honey bee ovary development” Naturwissenschaften October 2003, Volume 90, Issue 10, pp 477–480
[3] Túlio M. Nunes, Sidnei Mateus, Arodi P. Favaris, Mônica F. Z. J. Amaral, Lucas G. von Zuben, Giuliano C. Clososki, José M. S. Bento, Benjamin P. Oldroyd, Ricardo Silva, Ronaldo Zucchi, Denise B. Silva & Norberto P. Lopes “Queen signals in a stingless bee: suppression of worker ovary activation and spatial distribution of active compounds” Scientific Reports 4, Article number: 7449 (2014)
[4] Alban Maisonnasse, Cédric Alaux, Dominique Beslay, Didier Crauser, Christian Gines, Erika Plettner and Yves Le Conte “New insights into honey bee (Apis mellifera) pheromone communication. Is the queen mandibular pheromone alone in colony regulation?” Frontiers in Zoology 2010 7:18 DOI: 10.1186/1742-9994-7-18
[5] Annette Van Oystaeyen1, Ricardo Caliari Oliveira, Luke Holman, Jelle S. van Zweden, Carmen Romero, Cintia A. Oi, Patrizia d’Ettorre, Mohammadreza Khalesi, Johan Billen, Felix Wäckers, Jocelyn G. Millar, Tom Wenseleers “Conserved Class of Queen Pheromones Stops Social Insect Workers from Reproducing” Science 17 Jan 2014: Vol. 343, Issue 6168, pp. 287-290
[6] Ricardo Caliari Oliveira, Cintia Akemi Oi, Mauricio Meirelles Castro do Nascimento, Ayrton Vollet-Neto, Denise Araujo Alves, Maria Claudia Campos, Fabio Nascimento and Tom Wenseleers “The origin and evolution of queen and fertility signals in Corbiculate bees” BMC Evolutionary Biology 2015 15:254
[7] Alison L. Camiletti, Anthony Percival-Smith, Graham J. Thompson “Honey bee queen mandibular pheromone inhibits ovary development and fecundity in a fruit fly” Entomologia Experimentalis et Applicata June 2013 Volume 147, Issue 3 Pages 201–300
[8] Justin R. CroftTom LiuAlison L. CamilettiAnne F. SimonGraham J. Thompson “Sexual response of male Drosophila to honey bee queen mandibular pheromone: implications for genetic studies of social insects” Journal of Comparative Physiology A
February 2017, Volume 203, Issue 2, pp 143–149

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