ショウジョウバエの雄が生成する求愛歌は、雌に交尾を受け入れてもらうために重要な役割を果たしていると考えられている。音を受容するための器官である触角の一部を切除された雌の交尾率が低下することだけでなく、雌の触角が同種雄の求愛歌の周波数に対応してチューニングされていることからも、求愛歌の配偶行動への寄与の大きさが支持されている(1, 2)。このようにショウジョウバエにおける聴覚は、雄の生成する求愛歌を雌が受容するための仕組みとして多くの研究がなされてきた。一方で、雄の聴覚が求愛行動において果たす役割についてもいくつかの報告がある。
まず、求愛歌とは反対に雌の発する音が雄に利用されることがある。通常、雄は視覚的に雌を捉えることで求愛行動を開始する。しかし視覚の利用できない暗闇の中では、雌を動かないようにすると求愛開始時間が遅れ、そこに雌の動く音を再生すると求愛開始時間が回復することがわかった(3)。また意外なことに、雌の動く音でなくても雑音を再生しただけで雄の求愛活性は上昇した(3)。つまり何かが動く気配があれば雄は雌の探索を開始するものと考えられる。この結果から、暗闇という特殊な環境では雌が活動する際に意図せず生じた音を雄が積極的に利用して効率的に求愛を行っていることが示唆された。
次に、雄同士の情報のやり取りである。雄だけの集団に求愛歌を聴かせると互いに求愛行動を開始し、数匹の雄が一列に連なる現象(chaining behavior)が観察される(4)。触角を切除された個体や聴覚に関する突然変異体はこのchaining behaviorを示さないことから、触角を介した聴覚情報がこの行動を引き起こしていることが確認されている(4, 5)。また同種の求愛歌とはかけ離れた音を聴かせたときにはchaining behaviorが有意に減少するため、雌と同様に雄にも自分の種の求愛歌を聞き分ける能力が備わっていることが示唆された(6)。このchaining behaviorは一見無意味な行動であるが、雌をめぐる雄間の競争により進化してきた適応的な聴覚の仕組みであると考えられる。
さらに雄は他個体の発する音だけでなく、自分の求愛歌も聴くことができる。さまざまな聴覚関連遺伝子の突然変異体を使い求愛行動を観察すると、求愛時の姿勢が異常になったほか、求愛歌の構成成分が変化することがわかった(7)。つまり聴覚変異体の雄は音痴になったのである。このことは、自らの発した音を聴き、求愛歌生成のフィードバックに利用していることを示唆している。一方でこれらの変異体の一部は翅の付け根の自己感覚にも異常を生じているため、翅を動かす感覚を利用したフィードバックも同時に働いている可能性が考えられている(7)。
以上の3つの事例が示すように、雄の聴覚も求愛行動に関与しており、多面的な役割を担っているように見える。しかしながらショウジョウバエの雄の聴覚に関する詳細な研究は雌に比べて少なく、その生態学的および神経生理学的な観点からの解析が望まれる。
References
1. Tomaru M, Doi M, Higuchi H, Oguma Y (2000) Courtship song recognition in the Drosophila melanogaster complex: Heterospecific songs make females receptive in D. melanogaster, but not in D. Sechellia. Evolution 54:1286-1294
2. Riabinina O, Dai M, Duke T, Albert JT (2011) Active process mediates species-specific tuning of Drosophila ears. Curr Biol 21:658-664
3. Ejima A, Griffith LC (2008) Courtship initiation is stimulated by acoustic signals in Drosophila melanogaster. PLoS One 3:e3246
4. Schilcher Fv (1976) The role of auditory stimuli in the courtship of Drosophila melanogaster. Anim Behav 24:18-26
5. Eberl DF, Hardy RW, Kernan MJ (2000) Genetically similar transduction mechanisms for touch and hearing in Drosophila. J Neurosci 20:5981-5988
6. Yoon J, Matsuo E, Yamada D, Mizuno H, Morimoto T, Miyakawa H, Kinoshita S, Ishimoto H, Kamikouchi A (2013) Selectivity and plasticity in a sound-evoked male-male interaction in Drosophila. PLoS One 8:e74289
7. Tauber E, Eberl DF (2001) Song production in auditory mutants of Drosophila: the role of sensory feedback. J Comp Physiol A 187:341-348