新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、社会全体で様々な対策が講じられているが、その有効性はいまだ定かではない。一方、社会性昆虫も常に高い感染症のリスクにさらされているわけだが、どのような対策によりコロニー内での感染拡大を防いでいるのだろうか。
まず社会性昆虫は、病原体に反応してしばしば行動を変化させることが知られている。その代表的な行動に、体についた異物を除去するグルーミングというものがある。ヤマアリの一種であるFormica selysiは、個体間グルーミングをすることで他個体に付着した糸状菌Metarhizium angusticollisの胞子量を減らしており[1]、この献身的な行動がコロニー内での感染症の拡大防止に役立っていることが考えられる。またウメマツオオアリ(Camponotus aethiops)において、実際にMetarhizium brunneumに感染してしまった個体が、巣の中にいる時間を自ら減らすといった行動が見られる[2]。これは集団の犠牲を最小限に抑えるためだと考えられている。
次に、自ら生み出したものを利用して病原体と闘う例を紹介していく。セイヨウミツバチ(Apis mellifera)は、幼虫に感染した真菌Ascosphaera apisに反応して熱を発生させる[3]。これは熱に弱いこの真菌と熱に強いミツバチの性質の違いを利用した戦略で、熱することで真菌を滅ぼして幼虫の快復を促している。またオオシロアリの一種であるZootermopsis angusticollisにおいて、自身の糞が糸状菌Metarhizium anisopliaeの胞子の発芽率を減らすという研究もある[4]。実際に巣の小部屋の入り口付近に糞を並べるといった性質があり、糸状菌の巣への侵入を防いでいるのだと考えられている。
最後に紹介するのは、他の生物を利用した巧みな戦略を取る昆虫の例である。ヒメハキリアリの一種であるAcromyrmex echinatiorは、幼虫の時はエサとして利用している担子菌の菌糸体をさなぎの時は内部の保護カバーとして利用しており、実験的にこのカバーをはがすと糸状菌Metarhizium brunneumの感染率が上がってしまうという結果が得られている[5]。また、キアリの一種であるFormica paralugubrisは、病原体の感染を防ぐために巣に針葉樹の樹脂を持ち込んでいる。実際に巣にその樹脂が存在すると、真菌類の数が大きく減ることが分かっている[6]。さらに、巣に持ち込まれた樹脂に対して蟻酸を塗布することでより抗菌作用を強くしている[7]。このアリの戦略は、他の生物と自身の生み出したものを融合させることで感染症に対する相加的な効果を発揮している。
このように感染症に対して社会性昆虫は、行動学的なものから生理学的なものにわたる多様な防御機構を発達させてきていることが分かった。昨今の感染者数の再増加を見ると、人間も社会性昆虫から何か学べることがあるのではないだろうか。
References
[1] Reber, A ; Purcell, J; Buechel, SD; Buri, P; Chapuisat, M. (2011) ‘The expression and impact of antifungal grooming in ants’ JOURNAL OF EVOLUTIONARY BIOLOGY, 24, 5, 954-964
[2] Bos, N; Lefevre, T; Jensen, AB; d’Ettorre, P. (2012) ‘Sick ants become unsociable’ JOURNAL OF EVOLUTIONARY BIOLOGY, 25, 2, 342-351
[3] Starks, PT; Blackie, CA; Seeley, TD. (2000) ‘Fever in honeybee colonies’ NATURWISSENSCHAFTEN, 87, 5, 229-231
[4] Rosengaus, RB; Guldin, MR; Traniello, JFA. (1998) ‘Inhibitory effect of termite fecal pellets on fungal spore germination’ JOURNAL OF CHEMICAL ECOLOGY, 24, 10, 1697-1706
[5] Armitage, SAO; Fernandez-Marin, H; Boomsma, JJ; Wcislo, WT. (2016) ‘Slowing them down will make them lose: a role for attine ant crop fungus in defending pupae against infections?’ JOURNAL OF ANIMAL ECOLOGY, 85, 5, 1210-1221
[6] Christe, P; Oppliger, A; Bancala, F; Castella, G; Chapuisat, M. (2003) ‘Evidence for collective medication in ants’ ECOLOGY LETTERS, 6, 1, 19-22
[7] Brutsch, T; Jaffuel, G; Vallat, A; Turlings, TCJ; Chapuisat, M. (2017) ‘Wood ants produce a potent antimicrobial agent by applying formic acid on tree-collected resin’ ECOLOGY AND EVOLUTION, 7, 7, 2249-2254