「いかに闘い、いかに退くか」は、我々人間の活動にも通ずる普遍的な問いである。自然界において動物たちは、闘争が長引くことの時間的コストや怪我のリスクなどを最小限にしながら、それでいて可能な限り勝つ確率を上げるために、「評価戦略」という行動モデルを採用していると考えられている。本セミナーでは、評価戦略を理解するにあたって重要な役割を果たした研究を取り上げ、その歴史を概観する。
評価戦略の概念は、タカ・ハト ゲームにおける「進化的に安定な戦略(ESS)」(Smith & Price, 1973)の探索に端を発している。通常のタカ・ハト ゲームにおいてはコストやベネフィットの初期値に応じて純粋なタカ戦略やタカとハトの混合戦略がESSになることがよく知られるが、これを拡張して第3の戦略“報復者”(Retaliator: 相手と同じ戦略を用いる)を加えると、報復者が純粋ESSになる。さらにParker(1974)は報復者のみの集団において、相手と自分の強さの差を評価できる突然変異(= 見定め者: Assessor)が報復者に取って代わってESSとなることを示し [1]、このような見定め者が用いる戦略がmutual assessment(相互評価戦略: MA)と呼ばれ、モデル上は最も適応的であることから実際の動物もこの戦略を用いているのではないかと考えられるようになった。また、この再評価に用いられる相手や自分の「強さ」にあたる量は仮想的にResource Holding Potential(資源保持能力, RHP)と名付けられ、体サイズや武器形質のサイズなどがこれに反映するとされた [1]。このモデルに合致する例として、例えばシクリッドの一種Nannacara anomalaを用いた実験では、体重の差が小さいほど闘争が激化しやすく、闘争時間が長くなっていた [2]。したがってこの魚では、互いのRHPの違いを評価し、それによって闘争をやめるか次の闘争段階に進むかを判断するようなMA戦略をとっていると考えられる。
ところが、実際にはむしろMA戦略では説明できない事例の方が多く見つかってきた。例えばカワスズメOreochromis mossambicusの闘争では、体サイズの大きな個体が勝利しやい(=体サイズがRHPとして重要である)にも関わらず、闘争時間は体サイズの差と相関していなかった [3]。すなわち、RHPの差が大きくても闘争が抑制されないということになる。そこでこうした例を説明するために、「消耗戦ゲーム: Wars of attrition」(Smith, 1974)の延長で理解しようとする考え方が現れた。すなわち、対戦者はあらかじめ闘争にかけられるコストがそれぞれ決まっており、闘争中に先にコスト限界に達した方が撤退する、という格闘ゲームでよくみられるモデルである [4]。このモデルでは相手のRHPを評価していないので、mutual assessmentに対してself-assessment(自己評価戦略: SA)と呼ばれる。
このような経緯をふまえて、その後の行動生態学ではRHPの差と闘争時間に負の相関があるのかどうかを基準にして、それぞれの生物種がMAとSAのどちらを採用しているのかを判断するようになった[5]。しかしTaylorとElwood(2003)はこの判定方法には問題があると主張した。すなわち、敗者のRHPだけが闘争時間と負に相関していて勝者のRHPは闘争時間と相関していない場合(SA戦略)でも、RHPの差を取ると闘争時間と負に相関して見えることがあり、これをMA戦略と判断するのは誤りである。真にMAの根拠とすべきは、「闘争時間が、敗者のRHPと正に相関し、かつ勝者のRHPと負に相関すること」であるという [6]。これ以後、評価戦略は“Taylor-Elwood法”を用いて「正しく」判定されるようになった。例えば、夜間に闘争をするため相手のRHPを正確に評価するのが難しいと考えられるカマドウマの一種Hemideina crassidensではSAが採用されているという研究や [7]、寄生バチの仲間であるPolistes dominulusは相手の顔の模様をRHPの指標としてMAを行うという研究 [8]ではTaylor-Elwood法に基づいた解析が行われている。
このように、生物の種ごとに採用されている評価戦略を明らかにする研究が広く行われているが、しかしながら、それぞれの生物種が画一的にひとつの戦略だけを使うわけではないことも明らかになってきた。例えばブタSus scrofa domesticusでは、一度目の闘争ではSAだが二度目からMAへ変化することが分かっており、同一個体でも経験によって評価戦略を変化させる可能性が示唆されている [9]。また、コオロギの仲間Melanotes ornataでは、闘争の初期段階において退散するかさらに闘争を激化させるかはMAによって判断されるのに対し、エスカレートしてからはSAによって勝敗が決まるというように、一続きの闘争の段階に応じて異なる評価戦略が重層的に用いられることもある [10]。2000年代から動物行動学分野で注目され始めた“animal personality”(Sih et al., 2004)の観点からは、集団内の各個体が「個性」としてそれぞれ異なる評価戦略を採用している可能性も考えられている [11]。
Chapinら(2019)はこのような集団内における評価戦略の多様性が生み出す問題点を指摘している。すなわち、MAとSAの混合集団に対して従来のTaylor-Elwood法を適用すると、あたかもSAの単一戦略集団であるように見えてしまう。その対処法として、個体ごとに評価戦略を判定するために、RHPの低い個体に注目してそれよりもRHPの高い個体と複数回闘争させる、という手法を提案している [11]。現実的には、単一の個体に複数回の闘争を行わせると経験によって評価戦略そのものが変化しかねない [9]ため、この手法が実用に値するかは現在のところ定かではないが、評価戦略が「個性」のような性質を帯びているのであれば、何らかの方法で個体ごとに評価戦略を判定ことは避けて通れないだろう。
以上みてきたように、動物の闘争行動における評価戦略の理解は理論研究と実証研究の綿密な連携によって深められてきた。今後は、評価戦略の可塑性や重層性をモデルに取り込んだり、個性としての評価戦略の存在を実証したりといった研究行われることになるだろう。
References
[1] Parker GA (1974) Assessment strategy and the evolution of fighting behaviour. J Theor Biol 47:223–243.
[2] Enquist M, Leimar O, Ljungberg T, et al (1990) A test of the sequential assessment game: fighting in the cichlid fish Nannacara anomala. Anim Behav 40:1–14.
[3] Turner GF, Huntingford FA (1986) A problem for game theory analysis: assessment and intention in male mouthbrooder contests. Anim Behav 34:961–970.
[4] Mesterton-Gibbons M, Marden JH, Dugatkin LA (1996) On wars of attrition without assessment. J Theor Biol 181:65–83.
[5] Panhuis TM, Wilkinson GS (1999) Exaggerated male eye span influences contest outcome in stalk-eyed flies (Diopsidae). Behav Ecol Sociobiol 46:221–227.
[6] Taylor PW, Elwood RW (2003) The mismeasure of animal contests. Anim Behav 65:1195–1202.
[7] Kelly CD (2006) Fighting for harems: assessment strategies during male–male contests in the sexually dimorphic Wellington tree weta. Anim Behav 72:727–736.
[8] Tibbetts EA, Mettler A, Levy S (2010) Mutual assessment via visual status signals in Polistes dominulus wasps. Biol Lett 6:10-13.
[9] Camerlink I, Turner SP, Farish M, Arnott G (2017) The influence of experience on contest assessment strategies. Sci Rep 7:1–10.
[10] Lobregat G, Gechel Kloss T, Peixoto PEC, Sperber CF (2019) Fighting in rounds: Males of a neotropical cricket switch assessment strategies during contests. Behav Ecol 30:688–696.
[11] Chapin KJ, Peixoto PEC, Briffa M (2019) Further mismeasures of animal contests: A new framework for assessment strategies. Behav Ecol 30:1177–1185.