シロオビアゲハのメスにおけるベイツ式擬態多型には性選択が関与するか? 修士2年 網野 海

シロオビアゲハのメスにおけるベイツ式擬態多型には性選択が関与するか? 修士2年 網野 海

 無毒な種(ミミック)が有毒な種(モデル)に姿形を似せることで捕食を免れるベイツ式擬態は、自然選択説の有力な証拠として長年にわたり注目されてきた。チョウ目昆虫ではベイツ式擬態種の多くでメスのみが擬態するが、メスの擬態型と非擬態型が同所的に共存するという現象は多くの研究者の興味の対象となってきた。本セミナーではシロオビアゲハPapilio polytesに関する研究を中心に取り上げ、特に「擬態多型がなぜ維持されるのか」に焦点を絞って議論したい。

 メス擬態多型維持の機構として十分な証拠とともに広く受け入れられているのは、負の頻度依存淘汰である。すなわち、モデルに対してミミックの数が増えすぎると捕食者に対するだまし効果が弱まるとともに、派手な体色をした擬態型はむしろ捕食されやすくなってしまうため、擬態型の割合は一定に抑えられる。上杉(1995)はモデルのベニモンアゲハPachiliopta aristolochiaeの個体密度が高い島ほどP. polytesの擬態型頻度が上がることを示し、負の頻度依存淘汰を野外で実証している[1]。しかしながら、非擬態型も常に存在していることから、目立つこと以外にも擬態型であることのコストが存在するはずである。

 現在のところ、擬態のコストとしては 1)生理的寿命 および 2)性選択 が考えられている。前者について、Ohsaki(2005)はP. polytesの寿命を放蝶園で測定し、捕食者のいない環境であれば非擬態型の方が長生きであることを示したうえ、擬態型に特有な赤斑のサイズが短命化に係わっていることを示した[2]。そのしくみとしては、産卵期の母親に対する紫外線照射度に応じてエピジェネティックに子孫の赤斑サイズが変化することから、強い紫外線条件下では赤斑を持つ(メラニン化された範囲が狭い)擬態型は翅が損傷しやすくなるという説が提唱されている[3]。

 一方の性選択仮説では主に「擬態型のメスはオスに好まれない」ことが擬態のコストだとされているが、他の種においては否定的な意見が多くこれを支持する実験データはわずかで[4]、P. polytesにおいては昨年発表されたものが最初である。Westermanら(2019)は植物園内で観察を行い、非擬態型の方が求愛される個体の割合が高いことを示した[5]。この結果は、擬態のコストに関する性選択仮説を支持する貴重なデータと言えるのだろうか?

 性選択仮説に否定的な意見は大きく分けると2つの観点に基づいている。一つはメスがオスに好まれることが適応度に好影響を与えるとは限らない、という究極要因からの指摘である。トラフアゲハP. glaucusでは、非擬態型メスの方が擬態型に比べてオスから受け取った精包の数が多い(したがって交尾時により多く養分を補給できる)という報告があり[6]、性選択仮説を支持する数少ない結果のひとつであるが、これに対してKunte(2009)はアゲハチョウ科(Papilionidae)では精包数が孵化率に影響しないことを根拠に適応度への影響を否定している[4]。しかし、ナミアゲハP. xuthusのメスは受け取る精包が増えるに従って産下卵数が増えるという報告例があり[7]、孵化率だけではなく産卵数も考慮に入れればP. glaucusでも非擬態型の適応度が高い可能性は否定できないと私は考える。P. polytesにおいても野外での精包数を比較することで、非擬態型のメリットが示される可能性は十分にあるだろう。

 二つ目の観点は、オスが非擬態型メスを好む至近要因にである。大崎(2009)は、P. polytesにおいて羽化直後の翅が縮れたメスを使った選択実験では非擬態メスが有意にオスから選ばれたのに対し、羽化後数時間経った飛翔可能なメスではオスの選好性は変わらないものの差が縮まったことから、オスによる求愛行動のリリーサーとして後翅白斑(羽化直後の擬態型には見られない)が機能していると考え、オスがメスを選り好みするのは羽化後数時間の間だけである(したがってメスの適応度にはほとんど影響しない)と主張している[8]。

 しかし、オスからみた求愛行動のリリーサーは本当に翅の模様だけなのだろうか? Westermanらの別の実験では、翅の模様よりもむしろメスが固定されているか動いているかの方が選り好みに影響を与えていることが分かっている[9]。また彼らの2019年の実験[5]でも、求愛を受けたのは活動中(飛翔中 or 採餌中)のメスのみで、静止したメスは好まれていない。ここで注目したいのが、メスの翅模様と行動の相乗作用である。ミドリヒョウモンArgynnis paphiaのオスの求愛行動を引き起こすリリーサーとして、メスの翅模様である橙と黒の紙をただ提示する場合よりも、それらを回転させ通常のチョウよりも高速で色を点滅させた場合の方が効果が高いことを示した、超正常刺激に関する有名な実験がある。これは羽の模様だけではなく、その動かし方が刺激として重要であることを示している。P. polytesの擬態型個体は緩慢かつ直線的な軌跡で飛翔し、行動面でもモデル種に擬態しているとされる(ベイツ式“行動”擬態)[10, 11]。P. polytesのオスはメスの白斑(両方のメスがもつ)だけではなくその動き(非擬態型では素速い)を求愛行動のリリーサー刺激として受容しているために、非擬態型への選好性が現れるのではないだろうか。Westermanらの提示した一連の結果は、ベイツ式擬態多型への性選択の関与に改めて光を当てただけでなく、「ベイツ式“行動”擬態のコスト」というユニークなアイディアを提供しているかもしれない。

References

[1] 上杉兼司 (1995) ベイツ型擬態を初めて野外で実証したシロオビアゲハ. 遺伝 49(11):17-22.

[2] Ohsaki N (2005) A common mechanism explaining the evolution of female-limited and both-sex Batesian mimicry in butterflies. J Anim Ecol 74:728–734.

[3] Katoh M, Tatsuta H, Tsuji K (2018) Ultraviolet exposure has an epigenetic effect on a Batesian mimetic trait in the butterfly Papilio polytes. Sci Rep 8:13416.

[4] Kunte K (2009) Female-limited mimetic polymorphism: a review of theories and a critique of sexual selection as balancing selection. Anim. Behav. 78:1029–1036.

[5] Westerman EL, Antonson N, Kreutzmann S, et al (2019) Behaviour before beauty: Signal weighting during mate selection in the butterfly Papilio polytes. Ethology 125:565–574.

[6] Burns JM (1966) Preferential mating versus mimicry: Disruptive selection and sex-limited dimorphism in Papilio glaucus. Science 153:551–553.

[7] Watanabe M (1988) Multiple matings increase the fecundity of the yellow swallowtail butterfly, Papilio xuthus L., in summer generations. J Insect Behav 1:17–29.

[8] 大崎直太 (2009) 擬態の進化 ダーウィンも誤解した150年の謎を解く. 海游舎.

[9] Westerman EL, Letchinger R, Tenger-Trolander A, et al (2018) Does male preference play a role in maintaining female limited polymorphism in a Batesian mimetic butterfly? Behav Processes 150:47–58.

[10] Kitamura T, Imafuku M (2010) Behavioral batesian mimicry involving intraspecific polymorphism in the butterfly Papilio polytes. Zoolog Sci 27:217–221.

[11] Kitamura T, Imafuku M (2015) Behavioural mimicry in flight path of Batesian intraspecific polymorphic butterfly Papilio polytes. Proc R Soc B Biol Sci 282:20150483.