昆虫の配偶行動は、オスが懸命に求愛し、それをメスが選択するものだと考えがちである。そのシステムだとメスが完全に交尾の決定権を持っているように思われるが、実は代替戦術としてオスが強制交尾という手段に出る種もいる。
たとえば、カマドウマの一種であるPristoceuthophilus marmoratusのオスは受容性の高い未交尾メスに比べて受容性の低い既交尾メスに対してより頻繁に強制交尾を用いている[1]。つまりカマドウマのオスは、既交尾メスによる交尾拒否を打破しているのだといえる。またシリアゲムシの一種であるPanorpa floridanaは、体サイズが小さいほど強制交尾を繰り出す割合が高くなる[2]。これは体サイズが大きいオスに比べてメスに求愛を受け入れてもらえにくい小さいオスの代替戦術だと考えられている。さらにアルパインキリギリス Anonconotus alpinus において、大部分のメスが交尾拒否を示すのに対し、オスは複雑でテクニカルな強制交尾を用いる[3]。以上のように、オスは強制交尾という手段を用いることで、メスによる選択という障壁を回避して交尾に成功しているのである。
しかも、その強制交尾がメスにとって害となることが証明されている例もある。アメンボの一種であるGerris buenoiはオスの大半が強制的な交尾をすることが知られているが、強制交尾中のメスは天敵による被食率が上がってしまう[4]。これは強制交尾がメスの選択権を奪うだけでなく生存面での損失すらもたらすことを意味している。これでは強制交尾によってオスは好き放題に出来てしまっているように見える。
ところが近年の研究では、交尾後にメスがオスの精子を選別するCryptic female choice (CFC) という現象が存在することが明らかになってきている[5]。たとえばショウジョウバエ類では、全長の長い精子の方がメスに好まれているという報告がある[6]。ここでは交尾後にメスの体内で選別が行われている。またコクヌストモドキ Tribolium castaneum においては、再交尾したオスのサイズが小さいほど、そのオスの精子がメスによって排出させられることも分かっている[7]。このようにメスは交尾をしてしまった後もより質の高い精子を選ぶことが出来るのである。
オスとメスは配偶行動において互いに不可欠でありながら、より多くの子孫を残したいオスとより質の高い子孫を残したいメスとの間には性的対立が存在する。その対立の中では単純な求愛と選択が行われているのではなく、オスはメスの選択をくぐり抜けるために強制交尾という強引な方法を用いたり、メスはありとあらゆる手段で質の高いオスの精子を選別しようとしたりといった、複雑で果てしない駆け引きが繰り広げられているのである。
References
[1] Haley, EL ; Gray, DA. (2012) ‘Mating Behavior and Dual-Purpose Armaments in a Camel Cricket’ ETHOLOGY, 118, 1, 49-56
[2] THORNHILL, R. (1981) ‘PANORPA (MECOPTERA, PANORPIDAE) SCORPIONFLIES – SYSTEMS FOR UNDERSTANDING RESOURCE-DEFENSE POLYGYNY AND ALTERNATIVE MALE REPRODUCTIVE EFFORTS’ ANNUAL REVIEW OF ECOLOGY AND SYSTEMATICS, 12, 355-386
[3] Vahed, K. (2002) ‘Coercive copulation in the alpine bushcricket Anonconotus alpinus yersin (Tettigoniidae : Tettigoniinae : Platycleidini)’ ETHOLOGY, 108, 12, 1065-1075
[4] ROWE, L. (1994) ‘THE COSTS OF MATING AND MATE CHOICE IN WATER STRIDERS’ ANIMAL BEHAVIOUR, 48, 5, 1049-1056
[5] Firman, RC ; Gasparini, C ; Manier, MK ; Pizzari, T. (2017) ‘Postmating Female Control: 20 Years of Cryptic Female Choice’ TRENDS IN ECOLOGY & EVOLUTION, 32, 5, 368-382
[6] Miller, GT; Pitnick, S. (2002) ‘Sperm-female coevolution in Drosophila’ SCIENCE, 298, 5596, 1230-1233
[7] Droge-Young, EM; Belote, JM; Perez, GS; Pitnick, S. (2016) ‘Resolving mechanisms of short-term competitive fertilization success in the red flour beetle’ JOURNAL OF INSECT PHYSIOLOGY, 93-94, 1-10