オウトウショウジョウバエの侵入害虫化要因としての免疫応答反応 修士1年 阿久津純一

オウトウショウジョウバエの侵入害虫化要因としての免疫応答反応 修士1年 阿久津純一

 オウトウショウジョウバエのメスは鋸状の産卵管を持つことで新鮮な果実への産卵が可能であり,商業的な植物も加害してしまう.もともとは東アジアの原産だが,2008年にヨーロッパやアメリカに侵入し被害を発生,拡大させている[1].

 一般に侵入種は「侵入」,「定着」,「増加」の3つのステージを経験する[2]が,3つともクリアして侵入を成功させることは容易ではない.新しい環境にも侵入種にとって障害となる捕食者や寄生者,病原菌が存在することがあるからである.敵解放仮説(Enemy Release Hypothesis: ERH)によると,侵入種の天敵になり得る存在がいないか,またはその効果が薄くなっていることが侵入種が新しい環境で成功する原因だとしている[3].ショウジョウバエの天敵としては,捕食者や病原菌と比べて寄生者の占める割合が大きい[4].ERH仮説が正しければ,オウトウショウジョウバエの侵入している地域にはオウトウショウジョウバエに寄生できる寄生蜂は存在しない可能性がある.

 原産地の1つである日本と中国での調査ではオウトウショウジョウバエに寄生できる寄生蜂が6種確認されている[5].一方,ヨーロッパに生息しているショウジョウバエの寄生蜂5種を用いた実験では蛹に寄生する2種がオウトウショウジョウバエに寄生できた[3]が,個体数レベルではこの2種の寄生蜂はヨーロッパのショウジョウバエ寄生蜂群集の約2割しか占めておらず,大部分を占める幼虫寄生蜂はオウトウショウジョウバエに寄生できなかった.

 幼虫寄生蜂がオウトウショウジョウバエに寄生できない理由の1つとしてオウトウショウジョウバエの免疫が関係すると考えられている.ショウジョウバエは産み付けられた寄生蜂の卵に対しプラズマ細胞,ラメロサイト,結晶細胞を使って包囲化作用を行うが,これらの免疫細胞はキイロショウジョウバエと比べてオウトウショウジョウバエでははるかに多いのだ[6].それにより,より多種の寄生蜂の卵に対して効率的な包囲化作用を起せることが示されている[6].寄生蜂は宿主の包囲化作用に対抗して卵と一緒にラメロリシンを注入し,包囲化作用を主に担うラメロサイトを変性させる[7]が,オウトウショウジョウバエの免疫細胞の多さはラメロリシンによる妨害を上回る数のラメロサイトを確保するとも考えられている[6].また,寄生蜂は宿主に化学的な目印をつけることで過寄生を回避するが血球数の多さはこの目印を消すことで寄生効率を低下させるのではないかとも考えられている[6].

 オウトウショウジョウバエがヨーロッパに侵入を成功させたのは,ERH仮説にあるように在来の天敵がオウトウショウジョウバエを攻撃できなかったためである可能性が高いが,そのような生態学的な現象の至近的メカニズムとして免疫細胞の増強による効率的な包囲化作用があるとすれば大変興味深い.

References

[1] Ørsted, Iben Vejrum, and Michael Ørsted. “Species distribution models of the Spotted Wing Drosophila (Drosophila suzukii, Diptera: Drosophilidae) in its native and invasive range reveal an ecological niche shift.” Journal of Applied Ecology 56.2 (2019): 423-435.

[2] Sakai, Ann K., et al. “The population biology of invasive species.” Annual review of ecology and systematics 32.1 (2001): 305-332.

[3] Chabert, Stan, et al. “Ability of European parasitoids (Hymenoptera) to control a new invasive Asiatic pest, Drosophila suzukii.” Biological Control 63.1 (2012): 40-47.

[4] Hawkins, Bradford A., Howard V. Cornell, and Michael E. Hochberg. “Predators, parasitoids, and pathogens as mortality agents in phytophagous insect populations.” Ecology 78.7 (1997): 2145-2152.

[5] Girod, Pierre, et al. “The parasitoid complex of D. suzukii and other fruit feeding Drosophila species in Asia.” Scientific reports8.1 (2018): 1-8.

[6] Kacsoh, Balint Z., and Todd A. Schlenke. “High hemocyte load is associated with increased resistance against parasitoids in Drosophila suzukii, a relative of D. melanogaster.” PloS one 7.4 (2012): e34721.

[7] Rizki, Rose M., and T. M. Rizki. “Effects of lamellolysin from a parasitoid wasp on Drosophila blood cells in vitro.” Journal of Experimental Zoology 257.2 (1991): 236-244.