学習は、動物が移り変わる環境で適応して生きているために重要な基本能力である。特に匂いは食物の手掛かりとして不可欠な情報のため、匂い学習は動物に対して極めて重要な能力だと考えられている。匂い学習における分野に、「パブロフの犬」という有名な古典的な条件づけ反射実験はよく知られている。古典的な条件とは、条件刺激(conditioned stimulus: CS)を提示したあとに、報酬(または罰)の無条件刺激(unconditioned stimulus: US)を与えることによって、連合的な訓練を経て、条件刺激に対する嗜好性を上昇する(または下降する)ことである。今まで、様々な動物を用いて古典的な条件づけ匂い学習の行動研究を行われていた。そのうえ、昆虫では、ミツバチとキイロショウジョウバエというモデル生物が高度な匂い学習能力があるという事実を判明された[1, 2]。今回は、侵入害虫のミカンコミバエBactrocera dorsalisを例として、昆虫の匂い学習について紹介していく。
まず最初に、どうしてミカンコミバエのような農業害虫を用いて匂い学習に関する研究が行われることになったのかについて説明する。ミカンコミバエは果実や野菜類の果肉を直接食害し、幼虫が国際貿易に通じて他の国に侵入し、農林業に大きな被害を与えている[3]。ミカンコミバエのオス性フェロモンの原料であるMethyl eugenol (ME) はオスに対して強い誘引性があり、防除のための誘引剤として広く利用されている[4]。しかし、一旦MEで捕獲されたミカンコミバエのオスが二度と同じMEトラップに捕まらないという現象が明らかになった[5]。その上、MEを含むエサで飼育した個体は野生型(WT)よりMEトラップへの捕獲率が低くなることも分かってきた[6]。このことは「ミカンコミバエは連合学習能力を持つ」という可能性を示唆している。
そこで古典的条件づけ連合学習実験が行われた結果、ミカンコミバエは高い学習能力を持つことが明らかになった[7]。すなわち、スクロース水溶液を報酬として与えた場合には、ミカンコミバエがオレンジやイチゴなどの天然精油の匂いに対して嗜好性が上昇することが示された。一方、塩水を罰として与えた場合にはMEまたDEETに対して嗜好性が減っていて、嫌悪の記憶を形成することが示唆された[8, 9]。さらに、記憶容量については、ミカンコミバエが同時に5種類以上の匂いを習得し、長く保持される記憶(24時間)を形成できることが判明された。
以上の研究により、ミカンコミバエは高い学習能力を持ち、さまざまな化合物に対する行動的な反応を経験に基づいて可塑的に変化させることが明らかになった。これは、防除効果を低下させることにつながることから、昆虫の学習能力を重視した対策が必要であることを示している。
References
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