昆虫では、低温で育つと体サイズが大きくなるという傾向が古くから知られている (温度−サイズ則 temperature-size rule, TSR) [1]。その典型的な例として、ケヨソイカの一種 (Chaoborus flavicans)を紹介する [2]。TSRは少なくとも6目 (膜翅目、鞘翅目、鱗翅目、蜉蝣目、半翅目、双翅目) において確認されている [1]。
TSRに従わない虫もいる。例として、北米のモンシロチョウ (Pieris rapae) では、ワシントン州の個体群がTSRに従うのに対して、ノースカロライナ州の個体群はTSRと逆に、高温で体サイズが大きくなる。モンシロチョウは約160年前にヨーロッパから北米に侵入、分布拡大した。ワシントン州個体群とノースカロライナ州個体群の温度反応の違いは、急速な進化であると考えられている [3]。
TSRのメカニズムとして、温度が幼虫の成長と変態をどのように変えるのか、タバコズズメガ (Manduca sexta) で研究されている。タバコスズメガの体サイズは、20℃、25℃、30℃においてTSRに従う [4]。成虫の体サイズの大部分が、終齢期間に決まる。タバコスズメガの終齢において、critical weight (CW)、CWに到達してから蛹化までの時間 (interval to cessation of growth, ICG) と成長速度の3つの要素が体サイズを大きく左右する。そこで、終齢幼虫を3つの温度条件 (20℃、25℃、30℃) で育てて、温度がそれら三要素と体サイズをどのように変えるのかが調べられた [5, 6]。CWは温度に関わらず一定であり、成長速度は温度が低いほど低くなり、ICGは温度が低いほど長くなった。つまり、ICGと成長速度は温度に対して互いに逆向きに反応した。結局、成長速度よりもICGの方が温度の効果が大きいためにTSRが成立するものと考えられる [6]。
以上の知見では、幼虫が一定の好適な栄養条件で育つ場合が扱われている。さらに、栄養条件の良し悪しが体サイズと温度の関係を変えるかどうかについても研究がある。タバコスズメガでは2種の食草 (低栄養、高栄養)と3つの温度条件 (20℃、25℃、30℃) を組み合わせて幼虫が飼育された。高栄養な食草ではTSRに従ったが、低栄養では関係が逆転し、温度が低いほど蛹体重が小さくなった [7]。一方で、カスミカメムシの一種 (Eccritotarsus eichhorniae) では、3種類の栄養条件 (低、中、高) と3つの温度条件 (20℃、25℃、30℃) を組み合わせて終齢幼虫が飼育された。成虫の体サイズは栄養条件に関わらずTSRに従って、温度が低いほど大きかった [8]。このように、栄養条件のTSRに対する関与は昆虫によって異なるようである。
References
[1] Atkinson, D. (1994). Temperature and organism size – A biological law for ectotherms? Advances in Ecological Research, 25, 1–58.
[2] Hanazato, T. & Yasuno, M. (1989). Effect of temperature in laboratory studies on growth of Chaoborus flavicans (Diptera: Chaoboridae). Archiv für Hydrobiologie, 114, 497–504.
[3] Kingsolver, J. G., Massie, K. R., Ragland, G. J. & Smith, M. H. (2007). Rapid population divergence in thermal reaction norms for an invading species: breaking the temperature–size rule. Journal of Evolutionary Biology, 20, 892–900.
[4] Kingsolver, J. G. & Nagle, A. (2007). Evolutionary divergence in thermal sensitivity and diapause of field and laboratory populations of Manduca sexta. Physiological and Biochemical Zoology, 80, 473-479.
[5] Davidowitz, G., D’Amico, L. J. & Nijhout, H. F. (2003). Critical weight in the development of insect body size. Evolution & Development, 5, 188–197.
[6] Davidowitz, G., D’Amico, L. J. & Nijhout, H. F. (2004). The effects of environmental variation on a mechanism that controls insect body size. Evolutionary Ecology Research, 6, 49–62.
[7] Diamond, S. E. & Kingsolver, J. G. (2010). Environmental dependence of thermal reaction norms: host plant quality can reverse the temperature-size rule. The American Naturalist, 175, 1–10.
[8] Ismail, M., Brooks, M., van Baaren, J. & Albittar, L. (2020). Synergistic effects of temperature and plant quality, on development time, size and lipid in Eccritotarsus eichhorniae. Journal of Applied Entomology, 145, 239–249.