D. melanogaster における交尾後の産卵数の増加のメカニズム 修士課程1年 伊藤 元春

D. melanogaster における交尾後の産卵数の増加のメカニズム 修士課程1年 伊藤 元春

 昆虫において、交尾後にメスの生理的変化、行動的変化が起こることがよく知られている。以前まではその変化は産卵数の増加[1]、交尾受容性の低下[2]というレベルの理解にとどまっていたが、近年D. melanogasterにおいて、メスの体内で起こるどのような現象が産卵数の増加をもたらすのか、というレベルまで理解が進んできている。本セミナーでは、交尾後のメスの体内で起こる変化を報告した研究を紹介し、産卵数の増加という結果に至るまでのメカニズムを紹介する。

 まず、行動的な変化として交尾受容性の低下が起こる[2]。メスの視点からこの現象を説明すると、産卵や採餌行動の時間を確保することができなくなるという交尾のコストがあり、それを軽減するための行動変化であると言える。

 加えて、日中の睡眠時間の低下が起こる[3]。日中に長く活動するのは、産卵行動、採餌行動を長時間行い、産卵数を増加させるためであると考えられる。

 その他の行動的変化として、食事の好みの変化が起こり、タンパク質を多く含む酵母[4]、塩を好むようになる[5]。卵の成分であるタンパク質を多く摂取することで卵の生産量を増加させることができるだろう。塩に関しても、多く摂取することで卵の産卵数が増加することが知られている。

 摂食行動の変化だけでなく、消化管における生理的変化も起こる。腸における代謝調節を行い、糖質の吸収を減らして、タンパク質の吸収を優先する。また、腸のサイズを大きくさせることも報告されており[6]、栄養吸収量を増加させると考えられる。

 メスの生殖器における生理的変化も報告されている。Germline stem cell(GSC)の増加[7]によって、産卵数の増加がもたらされている。また、交尾によって卵管の筋弛緩が誘導されることが報告されており[8]、これにより卵が卵管を通過しやすくなり、排卵へと至る。

 以上のように、行動の変化、消化管の生理的変化、生殖器の生理的変化が全て連動し、交尾後のメスの産卵数の増加をもたらしている。

References

[1] Kalb, J. M., DiBenedetto, A. J., & Wolfner, M. F. (1993). Probing the function of Drosophila melanogaster accessory glands by directed cell ablation. Proceedings of the National Academy of Sciences, 90(17), 8093-8097.

[2] Manning, A. (1962). A sperm factor affecting the receptivity of Drosophila melanogaster females. Nature, 194(4825), 252-253.

[3] Dove, A. E., Cook, B. L., Irgebay, Z., & Vecsey, C. G. (2017). Mechanisms of sleep plasticity due to sexual experience in Drosophila melanogaster. Physiology & behavior, 180, 146-158.

[4] Vargas, M. A., Luo, N., Yamaguchi, A., & Kapahi, P. (2010). A role for S6 kinase and serotonin in postmating dietary switch and balance of nutrients in D. melanogaster. Current Biology, 20(11), 1006-1011.

[5] Walker, S. J., Corrales-Carvajal, V. M., & Ribeiro, C. (2015). Postmating circuitry modulates salt taste processing to increase reproductive output in Drosophila. Current Biology, 25(20), 2621-2630.

[6] White, M. A., Bonfini, A., Wolfner, M. F., & Buchon, N. (2021). Drosophila melanogaster sex peptide regulates mated female midgut morphology and physiology. Proceedings of the National Academy of Sciences, 118(1), e2018112118.

[7] Ameku, T., & Niwa, R. (2016). Mating-induced increase in germline stem cells via the neuroendocrine system in female Drosophila. PLoS genetics, 12(6), e1006123.

[8] Rubinstein, C. D., & Wolfner, M. F. (2013). Drosophila seminal protein ovulin mediates ovulation through female octopamine neuronal signaling. Proceedings of the National Academy of Sciences, 110(43), 17420-17425.