大きなオスはなぜ勝つのか? 修士課程1年 網野海

大きなオスはなぜ勝つのか? 修士課程1年 網野海

動物の闘争において、どんな要因が勝敗を決定するのか、という疑問は古くから興味の対象となってきた。なかでも体サイズに関する研究は多く、「大きなオスが闘争に勝利しやすい」ことは揺るぎない共通認識といえよう。しかしながら、なぜ体サイズの差が闘争結果を左右するのか、そのメカニズムにフォーカスした研究は意外に多くない。本セミナーでは、小さなオスに人為的な処理を加えて大きなオスに勝利させようとした研究を中心に取り上げることで、逆説的になぜ大きなオスが勝利しやすいのかについて考える。

ヨーロッパザリガニ Astacus astacusでは神経修飾物質と闘争行動の関連が盛んに研究されてきた。Momoharaらは、アメリカザリガニProcambarus clarkiiの小さいオスにセロトニンを投与すると、投与した濃度に伴って大きな無処理のオスに勝利する確率が上がることを示した [1]。セロトニンを投与されたオスは、より長時間闘争を続けることが分かっている [2, 3]。このことから、セロトニンを投与された小さいオスはより長時間闘争を続ける「粘り強さ」を獲得したと考えられる。逆に言えば、ザリガニにおいては体サイズの大きい個体ほど闘争を長時間継続できるから勝利しやすいのかもしれない。

しかしながら、オオキバセンチコガネLethrus apterusを用いた実験では、大きな個体と小さな個体で闘争の継続時間には差が見られず、その一方で大きな個体ほどすぐに闘争を始めることが分かっており [4]、この場合は「けんかっ早さ(= 攻撃性)」が、大きな個体が勝利しやすい要因の一つであると予想される。キイロショウジョウバエでも、闘争行動に関わる神経のうち下流に位置するとされるタキキニン発現ニューロンを強制発火すると、相手が生きたハエでなくても攻撃するほど闘争開始の閾値が下がる(= 攻撃性が上がる)ことが知られている [5]。本種では10%以下の体サイズ差が闘争の優劣に影響を与えるにもかかわらず [6]、タキキニン発現ニューロンを強制発火されたオスは自分よりも大きな相手を打ち負かした [5]。したがって、これらの種では攻撃性が闘争の結果を左右しており、大きなオスは攻撃性が高いがゆえに勝利しやすいと考えられる。

このように、粘り強さや攻撃性を人為的に操作することで小さなオスを大きなオスに勝たせることができる。しかし一方で、こうした操作を加えてもやはり大きなオスが勝利する例がある。フタホシコオロギGryllus bimaculatusでは目隠しによって視覚情報を遮断されたオスは際限なく闘争を続ける(= 粘り強くなる)が、小さなオスに目隠しをしても大きなオスに勝ち越すことはできなかった [7]。本種は顎を用いて取っ組み合いの闘争をするが、顎を切除されたオスの勝率は下がるという結果が出ており [7]、顎(武器)の大きさが直接勝敗を決めていると考えられる。また、シュモクバエTeleopsis dalmanniはセロトニン投与によって撤退しにくくなる(= 粘り強くなる)が [8]、セロトニンを投与した小さなオスと大きな無処理のオスを闘わせても、小さなオスが負け越した [9]。本種のように闘争前に誇張形質のディスプレイが行われる種では、誇張形質の大きさ自体を視覚的に比較・判断することが、勝敗に直結している可能性がある。

このように、単に「大きいオスは闘争に強い」といっても、体サイズが勝敗に影響する仕組みは種によって様々であり、それらを明確に区別することが闘争システムの発達プロセスを理解するための鍵となる。特にフタホシコオロギやシュモクバエの例は、武器形質の突き合わせや誇張形質によるディスプレイが闘争のコストを下げていることを、粘り強さや攻撃性を超越して決着をつけるというメカニズムの面からも示したものと言えるだろう。

 

References

[1] Momohara Y, Kanai A, Nagayama T (2013) Aminergic Control of Social Status in Crayfish Agonistic Encounters. PLoS One 8:e74489.

[2] Huber R, Smith K, Delago A, et al (1997) Serotonin and aggressive motivation in crustaceans: Altering the decision to retreat. Proc Natl Acad Sci 94:5939–5942.

[3] Huber R, Delago A (1998) Serotonin alters decisions to withdraw in fighting crayfish, Astacus astacus: the motivational concept revisited. J Comp Physiol A 182:573–583.

[4] Rosa ME, Barta Z, Kosztolányi A (2018) Willingness to initiate a fight but not contest behaviour depends on intruder size in Lethrus apterus (Geotrupidae). Behav Processes 149:65–71.

[5] Asahina K, Watanabe K, Duistermars BJ, et al (2014) Tachykinin-expressing neurons control male-specific aggressive arousal in drosophila. Cell 156:221–235.

[6] Hoyer SC, Eckart A, Herrel A, et al (2008) Octopamine in Male Aggression of Drosophila. Curr Biol 18:159–167.

[7] Rillich J, Schildberger K, Stevenson PA (2007) Assessment strategy of fighting crickets revealed by manipulating information exchange. Anim Behav 74:823–836.

[8] Bubak AN, Renner KJ, Swallow JG (2014) Heightened serotonin influences contest outcome and enhances expression of high-intensity aggressive behaviors. Behav Brain Res 259:137-142.

[9] Bubak AN, Rieger NS, Watt MJ, et al (2015) David vs. Goliath: Serotonin modulates opponent perception between smaller and larger rivals. Behav Brain Res 292:521–527.