北欧のチョウにおける蛹発育と体サイズの季節的変異 修士課程1年 大井 祐之介

北欧のチョウにおける蛹発育と体サイズの季節的変異 修士課程1年 大井 祐之介

 表現型の可塑性とは、同じ遺伝子型の生物が、環境の違いに応じて異なる表現型を発現する現象である。表現型の可塑性の代表例の一つは、チョウ類の季節的変異である。成虫が年に2回以上出現するチョウ類には、発生世代によって翅の色彩、斑紋パターンが異なるものがおり、季節型と呼ばれる。そのようなチョウ類において、季節的変異を示すのは成虫の色彩・斑紋だけではない。ここでは、北欧に生息する2種のチョウ、アカマダラとキマダラジャノメの蛹発育と体サイズの季節的変異について扱う。
 アカマダラ (Araschnia levana) とキマダラジャノメ (Pararge aegeria) はユーラシア大陸北部に広く分布する。どちらも、スウェーデン南部やエストニアでは年に2化する。5月頃に出現する春型成虫の子は8月頃に夏型の成虫になるが、夏型成虫の子は晩夏に成長すると蛹で休眠し、越冬する。2種とも、亜終齢と終齢の時期に短日を経験することにより、蛹で休眠することを決める [1]。つまり、休眠の有無は幼虫期間の初期ではなく終わりに近いところで決まる。また、休眠性を決める時期に短日から長日へと飼育条件を変えた場合は非休眠型への発生切り替えは起こりやすかった。対して、長日から短日へ変更した場合は休眠型への発生切り替えは起こりにくかった [1]。つまり、休眠の有無の決定は非対称に可塑的である。
 チョウ類成虫の季節型の間には体サイズ差が見られることがある。アカマダラの幼虫を野外で捕獲し、野外と同じ条件で飼育したところ、休眠型蛹よりも非休眠型蛹の方がより生体重が大きかった [2]。飼育下で日長を変えて人為的に休眠型・非休眠型の蛹を出現させると、野外と同様に、休眠型 (春型) よりも非休眠型 (夏型) の方が前翅の面積が大きく [3]、蛹体重が大きい [2]。このように、日長条件だけでもアカマダラ成虫の体サイズを変えることができる。
 しかし、野外では、日長以外に温度、餌の質なども季節によって変動し、幼虫の成長に影響すると予想される。さらに、これらの因子は成長過程のどこに影響を与えて最終的に季節型間の体サイズの変化をもたらすのだろうか。Esperkら (2021) は、アカマダラの幼虫を日長 (長日・短日)、温度 (低温・高温)、餌の質 (高栄養・低栄養) を組み合わせた 2×2×2 の実験区で育て、成長過程を観察した。長日条件では、成長速度が高い一方で、成長期間は短くなり、最終的に蛹サイズは少し大きくなった。良質な餌と低温のそれぞれも、長日と同様にはたらき、蛹サイズを大きくする傾向を示したが、日長条件との交絡作用も大きかった。三要因のうち低温が、春型の成虫が大きくなる主な原因ではないかと考えられた [4]。
 日長が体サイズに与える効果に関して、アカマダラの例は必ずしも代表的ではないかもしれない。野外のキマダラジャノメ成虫では、アカマダラとは逆に、休眠型 (春型) の方が非休眠型 (夏型) よりも乾燥体重が大きい [5]。キマダラジャノメ幼虫を日長を変えて育てると、野外と同じように、休眠型の蛹は非休眠型の蛹よりも大きくなる傾向があった [6]。ところが幼虫成長についてはアカマダラと同様に、長日では成長速度が高く、成長期間が短くなった。成長速度への効果と成長期間への効果の差し引きの結果、アカマダラと反対に成長期間の影響が強く出ることにより、キマダラジャノメの休眠型は非休眠型よりも大きくなる [7]。このように、アカマダラとキマダラジャノメのどちらでも、成長は日長に対して似た可塑性を示すが、最終的な体サイズの可塑性は逆の方向になる。

References
[1] Friberg, M., Aalberg Haugen, I. M., Dahlerus, J., Gotthard, K. and Wiklund, C. (2011). Asymmetric life-history decision-making in butterfly larvae. Oecologia 165, 301–310.
[2] Freitak, D., Tammaru, T., Sandre, S.-L., Meister, H. and Esperk, T. (2019). Longer life span is associated with elevated immune activity in a seasonally polyphenic butterfly. J. Evol. Biol. 32, 653–665.
[3] Windig, J. (1999). Trade-offs between melanization, development time and adult size in Inachis io and Araschnia levana (Lepidoptera: Nymphalidae)? Heredity 82, 57–68.
[4] Esperk, T. and Tammaru, T. (2021). Ontogenetic basis of among-generation differences in size-related traits in a polyphenic butterfly. Front. Ecol. Evol. 9, 612330.
[5] Van Dyck, H. and Wiklund, C. (2002). Seasonal butterfly design: morphological plasticity among three developmental pathways relative to sex, flight and thermoregulation. J. Evol. Biol. 15, 216–225.
[6] Aalberg Haugen, I. M., Berger, D. and Gotthard, K. (2012). The evolution of alternative developmental pathways: footprints of selection on life-history traits in a butterfly. J. Evol. Biol. 25, 1377–1388.
[7] Lindestad, O., Aalberg Haugen, IM. and Gotthard, K. (2021). Watching the days go by: Asymmetric regulation of caterpillar development by changes in photoperiod. Ecol. Evol. 11, 5402–5412.