昆虫の精液がメスに与える影響 修士課程1年 安藤 優樹

昆虫の精液がメスに与える影響 修士課程1年 安藤 優樹

昆虫が交尾の際にメスに何らかの資源を与える行動を婚姻贈呈(nuptial gift)という。

前回のセミナーでは、婚姻贈呈を行う昆虫では空腹の状態にあるメスの交尾受容性が上昇することを説明しつつ、婚姻贈呈を行うとは認識されていない種でも精液がメスに対して普遍的に利益をもたらしている可能性について述べた。そこで今回のセミナーでは、昆虫の精液を構成する成分に注目し、それぞれの機能を検証した例について紹介する。

動物の精液は大きく分けて精子とそれに付随する精漿から構成されており、精子が授精を担うことはよく知られている。一方で、精漿は授精の機能は有していないがメス体内での精子保護や小胞を介したタンパク質、ncRNAの運搬など、精子運搬以外の機能を有することがヒト含む哺乳動物で明らかとなっている[1][2]。さらに最近では、哺乳類だけでなく昆虫においても精漿の機能についての研究例が報告された。

Creanらによるナガズヤセバエ科のハエの一種Telostylinus angusticollisを用いた実験では、複数回交尾したメスから生まれた子は、後に交尾した方のオスの遺伝子を受け継ぐものの、体サイズは先に交尾したオスから非遺伝的に受け継ぐことが明らかとなった。この結果を受けてCreanらは、「初回交尾で受け取った精液では卵は受精しないが、精漿によって成熟が促されると同時に子の形質についても干渉を受ける」という、これまで否定されてきた現象(テレゴニー)に再注目し、テレゴニーが実際に起こっていることを裏付ける一例であると述べた[3]。同様に、GonzalezらはキイロショウジョウバエDrosophila melanogasterを用いた実験を行い、メスが複数回交尾した場合、いずれかのオスの精子は授精しなくても、精漿が子世代の繁殖力を促進することを確認した。そして、精漿は非遺伝的にメスの繁殖成功に影響すると説明した[4]。さらにCreanらは、この現象が起こるのはメスの重視する精液の成分が自身の状態に応じて変動するためであり、精液がメスに利益をもたらす物質として授受されるわけではないことから、婚姻贈呈とは異なるものであると説明した[3]。そして、それゆえに婚姻贈呈を行わない多くの種においても精漿が同様の機能を持つ可能性があると主張した[5]。確かに、テレゴニーで説明されている精漿の機能が持ち主であるオス自身の適応度にまったく貢献していないことを含めて、この現象が婚姻贈呈によって起こっているとは考えにくい。

しかしながら、この主張には疑問が残る。なぜなら、交尾に際してオスがメスの状態を吟味し、それに応じて精子・精漿に対する投資を調節している可能性が考えられるからである。実際に、アズキノメイガOstrinia scapulalisでは、メスの状態によって交尾時にオスの射精量や精液のタンパク質含有量が変化することが明らかとなっている[6]。また、ヨーロッパイエコオロギAcheta domesticusのメスは空腹度に応じて異なる化学信号を放出することが確認されている[7]。すなわち、オス側もまた、精子を自身の適応度上昇のため、精漿をメスへ贈呈するためというように使い分けている可能性があるということである。

今後は単に「精液」ではなく、それに含まれる精子と精漿を区別して考えることが、昆虫の交尾における性選択のメカニズムを解明する一助となるかもしれない。

References

[1]       J. J. Bromfield, “Seminal fluid and reproduction: Much more than previously thought,” J. Assist. Reprod. Genet., vol. 31, no. 6, pp. 627–636, 2014.

[2]       L. Vojtech et al., “Exosomes in human semen carry a distinctive repertoire of small non-coding RNAs with potential regulatory functions,” Nucleic Acids Res., vol. 42, no. 11, pp. 7290–7304, 2014.

[3]       A. J. Crean, A. M. Kopps, and R. Bonduriansky, “Revisiting telegony: Offspring inherit an acquired characteristic of their mother’s previous mate,” Ecol. Lett., vol. 17, no. 12, pp. 1545–1552, 2014.

[4]       F. Garcia-Gonzalez and D. K. Dowling, “Transgenerational effects of sexual interactions and sexual conflict: non-sires boost the fecundity of females in the following generation.,” Biol. Lett., vol. 11, no. 3, pp. 20150067–20150067, 2015.

[5]       A. J. Crean, M. I. Adler, and R. Bonduriansky, “Seminal Fluid and Mate Choice: New Predictions,” Trends Ecol. Evol., vol. 31, no. 4, pp. 253–255, 2016.

[6]       A. T. Win, W. Kojima, and Y. Ishikawa, “Female condition-dependent allocation of nuptial gifts by males in the moth ostrinia scapulalis (Lepidoptera: Crambidae),” Ann. Entomol. Soc. Am., vol. 108, no. 3, pp. 229–234, 2015.

[7]       B. A. ASSIS, C. TRIETSCH, and M. W. FOELLMER, “Male mate choice based on chemical cues in the cricket Acheta domesticus (Orthoptera: Gryllidae),” Ecol. Entomol., vol. 42, no. 1, pp. 11–17, 2017.

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です